ミスト – スティーブン・キング原作のSFホラー映画、心理模様の変遷と衝撃のラストが秀逸!

ミスト

スティーブン・キング原作、監督・脚本は『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』のフランク・ダラボン。以下あらすじとネタバレ。

片田舎を襲った嵐の翌朝、息子と共に買い出しのためスーパーマーケットに出向いたイラストレーターのデヴィッド・ドレイトンは、店外がパトカーや救急車のサイレンで騒がしくなるのを耳にする。しばらくしてから霧が立ちこめ、そこから現れた鼻血を流した男が「霧の中に何かがいる!」と訴えてスーパーの中に非難する。完全に霧に包まれたスーパー、ドレイトンが倉庫に向かうとシャッターを強く叩くものがある。他の客に得体の知れない生き物がいると忠告するが、意に介さない若い男がシャッターの近くに寄ると吸盤の付いた触手が男を引きずりそのままシャッターの奥へと連れ去ってしまった。

混乱に包まれる中、意を決した数人が霧の中に出る決意をする。念のため1人にロープを結わえさせ異変があったら引きずり返すことにしたが、外に出てしばらくしてからロープが飛んでいったので、引っ張てみると真っ二つに引きちぎられた死体となって返ってきた。

夜、巨大化したイナゴや翼竜などが明かりに釣られて窓を破り襲いかかってくると、スーパーの中に取り残された人たちはパニックに陥る。何とか撃退したドレイトン達だったが、現場は凄惨を極めていた。怪我人の治療薬を確保するため隣の薬局へ突入すると、既に虫たちの巣窟と化しており、その中で全身白い蜘蛛の糸に囚われたMPの男がドレイトン達にしきりに詫びる。命からがらスーパーに戻り軍人達から訳を聞き出すと、軍の科学者が実験であちら側の世界を覗き込んでいたが、事故が発生しその世界の怪物達がこちら側の世界にやって来たと告白する。狂信者の女に煽動されて異様な雰囲気となる中、このままでは埒があかないと車で行けるところまで逃げ出そうと外に出たドレイトン達は、次々と襲いかかってくる怪物を撃退しつつ何とか車を発進させるが・・・・・・。

極限状態に追い込まれた人間達の心理模様を描く

ポスターや冒頭のイメージではスピリチュアルな映画かと思っていたが、パニック映画だった。冒頭にタコの足が出てくるがタコ自体は出てこない。これを観てふと『オクトパス』(2000)という豪華客船をテロリスト達が襲うが既にもぬけの殻で、逆にタコの化け物にテロリスト達が襲われる映画を思い出した。あそこまでグロテスクではないが、一部はグロテスクだ。軍人の可愛い恋人が巨大化したイナゴの針に指されて顔が膨れて死んでしまうシーンなどはショッキング。しかしどちらかというと、そういったパニックシーンよりも、極限状態に置かれた中で変遷する登場人物達の心理模様の描写が面白い。現実世界では薄弱故に宗教に逃避した感のある女の狂信者が放つ聖書や神の言葉に皆が付き従い、粗野な技師の男ですら両手を組んで神に救いを求める姿などが生々しい。最後には皆神頼みになるのは、科学万能の世の中になり「神は死んだ」といわれる現代社会を風刺しているようにも感じられる。アメリカなどはまだ宗教や信仰心が根強いお国柄のように思われるので、神にすがる姿はそれほど滑稽には映らないが、無宗教が多い現代の日本人が同じ境遇に陥ったらどのような態度を取るのか興味深いところではある。

この手のパニック映画を観ていると、観客は何かと聡明な行動を取る主人公に自分を重ねがちだ。ラストではガス欠となり、これ以上逃れられない絶望感からスーパーの副店長(トビー・ジョーンズ)が残していったピストルで自殺を試みるが、5人いるのに弾が4発しかない。無力感にさいなまれながら連れ立ってきた人たちや寝ている自分の子供も撃ち殺し、自分は蟲に食われるために外に出る。しかし霧の中から現れたのは自走砲や火炎放射器で蟲を駆除する白い防護服を着た軍隊で、それに続くのはトラックに乗せられた避難民達だった。そしてその中には、霧が出始めた時にすぐさま息子を助けたいと訴えたが誰も付いてきてくれなかったので1人で霧の中に出ていった母親の姿があった。

つまりバッドエンド。これまでに男が取ってきた数々の賢明な選択は全くの無駄で、むしろ始めに逃げた女性が正しい選択をしたというどんでん返しを食らわされる。とりあえず間違いのない選択をしてきてなんとか生き延びてきたけれど、その努力もむなしく最後は万事休す、でもしょうがないよね、皆巨大な虫にやられて死んじゃう運命なんだから、やれることはやったしよくやったよと主人公の父親を心の内でねぎらっていたら、最後の最後でこのようなラストで、早まって4人を撃ち殺してしまった己に激しく後悔する主人公に唖然としてしまった。

この衝撃のラストは原作であるスティーブン・キングのものではなく、監督が考案したものだという。このアイデアをキングに伝えると、それは素晴らしいと快諾。原作と映画が違うという事はよくあるけど、これはなかなかの妙案だったのではないだろうか。原作をブラッシュアップさせたら原作よりも良いストーリーになったというのはよくあることだ。

公開年は2007年だが、どうも映像の質感や登場人物達が着ている服に懐かしい趣があった。80年代のタッチがある。原作の『霧』は1980年に刊行されているから、小説の時代に合わせたのだろう。

スーパーの小柄で気弱そうだが実直で勇気ある副店長はどこかで見覚えのある顔だったが、去年観たミヒャエル・ハネケ監督のフランス映画『ハッピーエンド』にイギリス人弁護士の役として出ていた俳優のトビー・ジョーンズ。小柄で特徴のある顔なのでスクリーンの中で一際目立つ俳優だが、彼の父親は個性派俳優のフレディ・ジョーンズで、この名前はシャーロキアンなら聞いたことがあるかもしれない。グラナダテレビ版『シャーロック・ホームズの冒険』の『ウィスタリア荘』で一見無能に見えながら実はすべてを見通していた聡明極まりないベインズ警部を演じたり、同シリーズのオリジナル色の強い『最後の吸血鬼』では村に蔓延した吸血鬼騒ぎで魔除けグッズを売りさばく胡散臭い行商人を演じていた俳優だ。他にも有名どころではスティーブン・スピルバーグ監督の『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』にも出演している。