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皆さま、ごきげんよう – 荒唐無稽なストーリーに秘められた寓話の数々

皆さま、ごきげんよう

20年ほど前に、関西の深夜テレビで実験的な日本映画を見たことがある。制作はソニーピクチャーエンターテインメントだっただろうか。大学生の作った実験映画のような質感で、内容はほとんど覚えていないのだが、これといったストーリーはなく、モノローグの語りがあったり、荒れ地のような河岸で銃を構えながら進撃していくシーンが延々と続いたりと、今でも印象に残っている。(タイトルを失念してしまい、検索で色々かけてみたのだが、その映画がどうしても出てこない。ご存じの方はフォームメールからご一報頂ければ幸いです。)

他にも20年くらい前の関西の深夜番組で、タータンチェックの水色のプリーツスカートに白のブラウスを着た劇団員っぽいぽっちゃり顔の女の子が、ドラえもんに出てくるのとソックリな土管が置いてある空き地を何周も回って好きですと告白してケンモホロロに振られるミニドラマの実験的なシーン、僕は起承転結がハッキリしているエンタメ系のストーリーよりも、こういう実験的な映画やドラマが大好きなのだ。

今回観に行った「皆さま、ごきげんよう」は、謎の映画だった。タダひたすら謎。

最近は映画の予告編やポスターを見て中身に裏切られることが多いが、今回の映画も見事に裏切られた。しかしこの裏切りが良い意味での裏切りなのか悪い意味でのそれなのかは、簡単に判断がつかない。何だか余韻に満ちた映画だったからだ。

平日の夜に映画館に観に行ったが、やはりこういう時間帯だからか、客は10人もいない。しかも途中からぽつりぽつりと立ち上がって2度と戻ってこない観客も数人いた。

こういう謎の映画にはパンフレットが必須だ。謎なストーリー展開だったけれど、その謎が新たな魅力を導き出す。謎を解決する為にはパンフレットを熟読するしかない。映画評論家達の解説と、俳優達の略歴。それらを読み込んでいくことで謎が少しずつ解きほぐされていく。

映画はフランス革命下のパリから始まる。共和国を裏切った貴族が、パリの群衆の前で(群衆と言っても数えるほどだが)、ギロチン刑に処される。

シーンは移り変わり、どこかの戦場。第二次大戦下のフランスかと思ったが、兵士のヘルメットと迷彩服、交戦側の民兵の普段着を見ると、どうやら現代っぽい。村に戦車が進入してきて、兵士達に民家が放火され、木馬とかカーペットとか色んな物がコソ泥のように黙々と奪され、住民達がおそらく逃げ回っている。フランスとジョージアの合作というから、ジョージアでの内戦シーンだろうか。ジョージアに内戦なんてあったかな。

ジョージアは元はグルジアと呼ばれていた国で、どうも反露感情が強い国らしく、ロシア語読みのグルジアではなく、英語読みのジョージアを推奨しているそうだ(この辺の呼び名の由来はややこしいので、詳しく知りたい方はウィキペディアを参照して頂きたい)。最近になって日本政府も、国の呼び名をグルジアからジョージアに変えた。
だからジョージアの内戦かなとも思われたが判然としない。ロシア正教の神父とおぼしき老人が兵士達を河で清める。半ばドリフのコントのようなシーンが続くが、神父がテントの中に入り裸になると入れ墨だらけ、自らも軍服に着替えて外に出、兵士達の隊長のような扱いを受けている。

またシーンは変わって現代のパリ。フランス革命時代やどこかの国の内戦シーンに出演していた俳優達が、今度は現代のパリッ子として再登場する。これまたシュールで、ローラースケートを履いた若い女の子達と不審者風の男達が連係プレーでスリや強盗を繰り返す。警察署の部長らしき男と機動隊が、ホームレスのテントを破壊し、どこかの荒れ地に連れて行って置き去りにする。老人がタンクローリーに轢かれてペチャンコになるが、血は一滴も流れず、遺骸らしき物を運んできた人たちに対して、妻はドアの下から入れてくれと頼む。

何とも荒唐無稽な物語が淡々と進んでいく。これは映画に詳しい映画評論家や、この監督やこの監督が生きてきた国の歴史に詳しい人でないと理解しがたい内容だ。教養を必要とする映画だ。だからパンフレットが必要になってくる。こんなに難解な内容だから、岩波ホールで上映されているのか。映画のパンフレットは毎回欠かさず買っているが、ほとんど読まないことが多い。しかしこの映画に関しては、パンフレットを隅から隅まで読みたくなる。そんな内容だ。

荒唐無稽と感想を述べたが、シーンの一つ一つは寓話的で考えさせられる。戦争で死んだ少女の指輪を略奪した兵士は、その指輪や他の宝石の類いの戦利品を恋人に贈る。悪臭がすると警察という国家権力に棲む場所を追いやられていくホームレスたち。警察に「人でなし!」とプラカードを上げて抗議する人たち。フランス革命のギロチン刑とそれを喜ぶ民衆の様子。私娼と警察署長の密通。或る特定のアパルトマンの住民たちを望遠鏡で監視する警察署長とその部下。荒唐無稽で退屈なように思わせておいて、何とも寓話に満ちているではないか。

2時間近くあり、退屈と言えば退屈だったのだが、それでも悪くはない。まるで小劇団の実験演劇のような緩さを映画でやってのけた感じだ。もちろんパリ市内でのロケは真面目に撮られている。本格的な映像と内容との落差がとても心地よく目に映る。何とも贅沢な映画ではないか。