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ザ・シークレットマン 70年代を色と映像で再現した美しさが際立つ映画

ザ・シークレットマン

1972年のアメリカ大統領選の最中に起こったウォーターゲート事件。これを揉み潰そうとするニクソン政権の圧力に抗うFBI副長官の実話を元にした映画。主演は『96時間』シリーズのリーアム・ニーソン。

映画冒頭でフーヴァーFBI長官が死去したという報に触れ、FBI内部が騒々しくなる。フーヴァーと言えば、FBIを犯罪対策組織として洗練させた一方で、あの手この手でアメリカの重要人物の弱みを仕入れていた毀誉褒貶の激しい男で、ケネディ大統領がマフィアの娘を愛人として抱えていたことを掴んでいたり、公民権運動家のキング牧師に対し、妻以外の女性との関係をネタにして自殺を促すよう恫喝していた事も明るみになった。その黒い巨星が死んだことで、FBI内に残るフーヴァー・ファイルの廃棄に慌ただしくなったのだ。

FBI内ではフーヴァーの命を受け汚い仕事を請け負っていた人物と、そうでない人物がいた。今作は汚い仕事はしていない方のホワイトなFBI副長官マーク・フェルトを主軸に据え、当時ディープ・スロートと呼ばれニクソン政権を任期半ばにして追い詰めたFBI内部の情報提供者の内実を、2005年にディープ・スロート本人により公表された告白を元に描いている。

大統領選の最中に民主党本部に不法侵入して盗聴器を仕掛けたウォーターゲート事件は、当時黒幕が誰であるのか、何の目的で行ったのかが不明瞭で不可解な事件として世間から捉えられていた。後世から見ると、大統領選の最中なら、どう考えても民主党大統領候補者の対抗であるニクソン陣営だろうと薄々感づきそうなものだが、真相が明らかにされる前というのは、そういうものなのだろう。日本の事件を引き合いにだせば、既に教団側とトラブルとなっていた坂本弁護士一家殺人事件の犯人像、または松本サリン事件発生直後に当時報道された新聞の事件現場周辺を記した地図に裁判所の官舎が載っていた事に気づけば犯人像は自ずと導き出せそうなものだが、報道合戦で上司からの突き上げなどもあり現場を駆けずり回っている記者には真相究明の余裕は無いのかも知れない。

映画内ではFBI内の仕事で綺麗な面を請け負っていた人物と汚い面を受け持っていた人物、この二者が対立する。ニクソン政権から送り込まれてきた元潜水艦乗りの艦長がFBI長官代理に就任し、48時間以内に捜査を終結しろとウォーターゲート事件の捜査中止を迫る。時の政権による捜査妨害と言えば、日本では戦後の時代に内閣による指揮権発動で検察の捜査が沙汰止みになった件が1つある。その他にも時の内閣により指揮権発動による捜査の中止が度々行われてきたとまことしやかに囁かれている。池田勇人内閣末期をモデルにした石川達三原作の映画『金環食』では、法務長官によるあからさまな捜査妨害が描かれていた。

ウォーターゲート事件のアウトラインを知っていれば楽しめる内容となっている。政治劇が好きな人は知らなくても楽しめるだろう。僕自身もウォーターゲート事件は概略を知っているだけで、今回のようなFBI内部にディープ・スロートと呼ばれた有名な情報提供者がいるという事までは知らなかったし、せいぜいニクソン大統領が民主党本部に盗聴器を仕掛けるよう指示したという事と、その後追い詰められて任期半ばで辞任したという事くらいの知識だったが、映画内でも登場人物達の会話により事件のあらましなどは語られるので、十分に楽しめた。

この映画のもう一つの特色は、FBI副長官、つまり公人としてのマーク・フェルトと、家出した一人娘の居所を突き止めようとする父親、私人としてのマーク・フェルトのシーンでは、映像の色合いが異なる点だ。公人のシーンでは、薄いブルーがかった、冷たいスティールのようなイメージを喚起させる色合いとなっており、一方で私人のシーンでは、70年代のフィルムカメラのような、やや色彩が濃い色になっている。

青い色調は頭脳の冴え渡る冷徹なFBI副長官のイメージにピッタリで、特に映画冒頭のワシントンD.C.の空撮シーンは、観客を色と映像で70年代へと誘う相乗効果を見事に果たしていた。一方で家庭問題のシーンになると一転彩色豊かになる。ラストシーンはこの70年代風のフィルム調の色合いが特に美しい効果を上げていた。

現在進行中の日本の政治スキャンダルと重ね合わせると、タイムリーな映画ではないだろうか。ここ1年程日本では森友学園問題や加計学園問題、所謂モリカケ問題で、野党やマスコミが安倍政権に揺さぶりをかけているが、文書の改ざん指示があったのかなかったのか、高級官僚が時の政権を忖度し、文書を改ざんしてしまったというのが真相だろうか。日本の場合はアメリカのように直接指示するダイナミズムは無く、阿吽の呼吸で事が進むあたり、日米の国民気質そのものの違いが垣間見えて面白くもある。上からの圧力が無く忖度したと仮定すれば、ある意味日本人の慎ましやかな美徳が行政の神経の隅々にまで行き渡っていることで生じた醜聞とも言えるだろう。推測の域を出ないのでこの件に関してはここで置く。

この映画を観に行った頃に、ちょうどリーアム・ニーソンの映画がテレビで放送されていて、こちらはハードなアクションだった。何でも彼主演の映画が近々公開されるとのことで、プロモーションを兼ねてのテレビ放映だったが、本作ではハードなアクションシーンは無く、その辺りがこの俳優のファンには物足りないというレビューも散見された。しかしながらなかなかのいぶし銀の魅力を醸していて、70年代を色と服装と小道具(古いニコンのカメラも出てくる)で見事に再現した映像の妙もさることながら、俳優自身の魅力も存分に味わえ、お堅いイメージの映画だったが、存分に楽しい時間を過ごすことが出来た。