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LBJ ケネディの意志を継いだ男 – 南部出身の大統領が公民権法を成立させるまでの道程と辣腕ぶりを描いた政治劇

LBJ ケネディの意志を継いだ男

「偉大な社会(Great Society)」というスローガンを掲げてケネディ大統領の遺志を継ぎ、黒人差別撤廃が目的の公民権法を成立させ、貧困撲滅のため社会保障制度を充実させたリンドン・ベインズ・ジョンソン大統領の大統領就任前後を描いた本作。監督は『スタンドバイミー』や『ミザリー』のロブ・ライナー。主演は『スリー・ビルボード』のウッディ・ハレルソン。

ケネディ大統領暗殺の周辺で起こった事柄を映画化した作品としては、近年ではシークレットサービスやFBI、現場にいた一般人に焦点を当てた『パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間』が記憶に新しい。『JFK』のような本格的なサスペンスではなかったが題材が題材なだけにスリリングで手に汗握る2時間だった。今作は図らずもケネディの後継者として大統領に就任することになった南部出身の政治家リンドン・ジョンソンを主役に据え、南北戦争以来100年続く南部が孕んだ問題を根底としながら、ケネディ兄弟との確執、南部の有力議員との駆け引きを軸にストーリーは展開していく。

邪悪な凶弾に倒れたケネディ大統領の後を継いだ副大統領のジョンソンが大統領に就任する前後の話を、暗殺の舞台となったダラスの遊説シーンを断片的に織り交ぜながら、ジョンソンが副大統領としてどのように政治的ライバルのケネディ兄弟や公民権法に反対する南部の上院議員ラッセルらと渡り合っていったかがフラッシュバックの手法で描かれていく。妥協(Compromise)と駆け引き(Negotiation)で見事に頑ななレイシスト議員を解きほぐして黒人の雇用を認めさせていく手腕が絶妙で、ベテラン政治家としてのジョンソンの辣腕ぶりが見事に伝わってきた。

映画冒頭からジョンソンの性格を表すような、下品な物の喩え方の会話が繰り出されていく。議事可決の賛成反対の見込み数値に対してaboutという言葉を許さない厳格なリアリスト。その後も度々喩えが下品であったりするが、これが南部テキサス出身の政治家の特性なのだろうかと思わせる程。ケネディ暗殺後にケネディ股肱の優秀なスタッフに留任するよう説き伏せた時も、「シーザーよりもローマを愛す(市民のためにシーザーよりもローマを選ぶ?うろ覚え)」と故事を持ち出すが、「シェイクスピアか?」「ブルータスだ」と呆れられる。後にジョンソン副大統領がケネディ暗殺の黒幕との陰謀説が流れるが、その点を含んだようなシーンでもあった。

1960年当時は院内総務という役職に就いていて権力を振るっていた議員生活25年のジョンソンだったが、民主党内の大統領予備選挙では優柔不断な決断により出遅れてケネディに大きく差を開けられることになる。その原因はケネディがテレビ受けする容姿にある(まるで優れた俳優のよう)と分析するが、これは後に大統領選を争う共和党のニクソンとのテレビ演説でも言われていたことだった。

選挙戦で争ったケネディに南部の議員の取り込みを期待されて副大統領就任要請を受けるが、腹心達からはお飾りの閑職みたいなものと反対される。しかし今まで権力のなかった職を権力のある職に変えて見せたとその辣腕ぶりを豪語して周囲を鼓舞し副大統領の職を引き受けることになる。

ジョンソンの前に立ちはだかるのが、ケネディ大統領の弟で司法長官のロバート・ケネディ(愛称はボビー)。副大統領就任を固辞させようとしたり、何かと突っかかってくる。大統領選に出馬する意思はないと前もって聞かされていたのに手のひらを返されたり、予備選挙の際に兄の病気(アジソン病)を流布させたことを根に持っていたようだ。

もう一人立ちはだかる静かな巨人が師弟関係でもある南部のラッセル上院議員。こちらの方が味方であるから一筋縄ではいかないが、ジョンソンは相手に利益を供与する形で譲歩を引き出していく。

映画の中ではジョンソン自身も20年来公民権法には反対の立場であることが言及される。公民権法に反対する意見を言われると、誰がそんなことを言ったんですかと返すが、ラッセルから君が20年前に言ったことだと指摘される。一方で、自身の家に長年仕える料理人の黒人女性にうちの犬を連れてテキサスの実家まで車で行って欲しいと頼んだ時には、命が危ないという理由で断られたという話を持ち出してくる。小便をするのにもトイレではなく道端で隠れてしなければならないと。

黒人女性の料理人が食事を給仕するジョンソンの邸宅で、黒人差別は正論だというラッセルに対し、「そんな小声で言うことが正論なのですか?」と返すジョンソンの頭の回転の速さが素晴らしい。牛を育て、屠殺し、解体し、運び、料理する過程で黒人の手が携わっているのに、ハンバーガーショップで隣に座りたくないとか同じ蛇口から水を飲みたくないとか馬鹿げていませんか?と諭す。

ケネディ暗殺によりリンドン・ジョンソンが急遽大統領に昇格することになる。就任の宣誓はダラスからワシントンへの帰路の途中となるエアフォースワンの機内。隣にいるジャクリーン・ケネディの洋服にはケネディ大統領の血の斑点が残っている。

大統領宣誓の前にロバート・ケネディに電話で承諾を促す。アメリカという国の制度と機能が存続していることを早急に内外に示さなければならないという理由からワシントンに着く前に宣誓したい。ボビーはワシントンに戻るまで兄が大統領であってくれることを望むが結局折れる。このシーンを見てふと2011年3月11日の東日本大震災のことを思い出してしまった。国難に近い大地震でありながら丸1日テレビで国民に呼びかけなかった日本国の首相。大将がうろちょろして音信不通になってしまっては下の者たちに不安が伝染し、軍勢は一気に瓦解する。桶狭間の故事のように首を獲られたら何倍もの大軍勢でも戦に負けてしまう。その辺りの帝王学が市民活動派のあの首相にはなかったのだなとこの1シーンを見て痛感した。

ワシントンに戻ると、南部の議員達全員がジョンソンとの面会を求めて集っているという。100年来の念願が達成された。卑劣な魔の手がアメリカを襲ったが、その一方で神が新たな恵みを与えたもうたと、感激に打たれた呈でラッセルらがジョンソンを祝福し祈りを捧げる。南北戦争の敗北以来、南部の利益を代弁する大統領が生まれたことへの祝福だった。

ラッセルを演じるのは、リチャード・ジェンキンス。声が渋い。日本人に喩えるなら『刑事コジャック』や『紅の豚』のポルコ・ロッソ、チャールズ・ブロンソンの声の担当で有名な声優の森山周一郎。威厳に満ちた重低音のある響きの声で、南部の権力の代弁者の雰囲気を醸している。

最終的には公民権法成立というケネディの遺志を継ぐことを鮮明にしてラッセルと対立することになるが、口論になった際に「今までハッキリとは言わなかったが、あなたは差別主義者(Racist)だ」と言い切ってしまう。しかしその次の一般教書演説のシーンでは、ラッセルは壇上へと向かうジョンソンと温かく肩を抱き合う。テレビ中継通りに再現したのか、シーンの撮影順序が前後したのかと思わせるほどの不自然な親密ぶり。しかし演説の中で公民権法に関する話に及ぶとラッセルら南部出身の議員は拍手をしない。しかし演説を終えると総員起立して新しい大統領を迎えることになる。

リンカーン大統領が奴隷解放宣言をしたものの、「一体何を開放したんだ」と本人言わしめるほどに黒人差別がなくなったわけではなかった。公民権法を何としても成立させることを決意したジョンソン大統領は、リンカーン記念館の像を車内から眺めながら「100年来の尻拭いをしてやる」と呟く。