スターリンの葬送狂騒曲 – スターリン死後の権力闘争を実話を基にコミカルに描く

スターリンの葬送狂騒曲

原題はTHE DEATH OF STALIN。そのまま『スターリンの死』という直訳タイトルだったらインパクトがなかっただろうから、やはりこの日本語のタイトルは内容のコミカルさからもイメージに合っている。予告編ではパンチの効いたジャズが流れていたが、本編では壮大なクラシックが流れる。

スターリンの死に関してはWikipediaで読んだ程度で研究書の類いは一冊も読んだことがなかったが、それでもスターリンを取り巻く人物達、第一書記フルシチョフ、NKVD警備隊最高責任者ベリヤ、外務大臣モロトフ、ソビエト軍最高司令官ジューコフ辺りは知っていたので、まぁ楽しめるかなと思ったが、細かいところ、聞いたことのないロシアの名前にスターリンが敏感で、名前を出すだけで処刑されると言われていたシーンに関しては、そこら辺の笑いどころが掴みにくかった。マレンコフがいつも盛り上がった場を覚ましてしまう空気が読めない人物として描かれている。顔立ちもどこか自信がなさげ。マレンコフってこんな気弱な顔だったかなと、検索してみたら、役者と顔が全然違う。フルシチョフもふてぶてしいロシア親父というよりは冗談が好きそうな軽薄なアメリカ人の顔立ちだ。モロトフもなんか違う。でもこの人は『空飛ぶモンティパイソン』に出演していたコメディ俳優の大物だ。スターリンに至っては威厳がなく漫才師のよう。ベリヤも昔見た写真とどこか違うイメージだが、無慈悲さだけは備えている。写真を検索してみると晩年のベリアと瓜二つだった。ジューコフはやや似ているが、役者の方が格好いい。ハリーポッターシリーズに出ていた

スターリンの死をきっかけに深刻な権力闘争が始まるが、役者達の顔立ちのせいでどこか拍子抜けした感じがする。それがコメディの良いところなのだろう。

権力闘争、砕けた言い方をすれば椅子取りゲームと言えば、日本にも三谷幸喜監督の『清洲会議』があった。あちらの方が戦国期を扱っているので自分としては背景をよく知っているし、面白かったように思う。背景が分からないとコメディは楽しめないところがある。古代ギリシアの喜劇を読んでも背景となっている人物の人間関係が分からないと楽しめないのと同じように。

どこまで実話なのだろうかと気になったが、ほとんど実話を元にしているという。面白おかしく脚色しているのだろうが、それにしても独裁者が恐怖で国を牛耳ってしまうと、側近の政治家達は皆機能不全を冒してしまうのだなと。無実であるモロゾフの妻がスターリンによって収容所送りとなっていたが、多数派工作を目論むベリヤの計らいで出所できても、モロゾフは他人の前では、愛する妻を豚と罵らなければならないほど、恐怖政治が国民全体に骨の髄にまで染み渡っていた。

フルシチョフとベリヤの対立を軸にスターリン死後の権力闘争が描かれる。最終的にはフルシチョフが勝利し、ベリヤは処刑される。ベリヤの例の黒い噂についても間接的に描かれ、それが罪状で射殺されることになる。

劇中に流れるクラシック音楽が壮大で、コメディ映画に花を添えていた。真剣なんだかお笑いなんだか、日本のコメディ映画とは違った、落ち着いたおかしみがある。実際粛正につぐ粛正で何人も銃でバンバン処刑されてしまい深刻極まりないのだが、そんなシリアスさを役者達の立ち振る舞いが和ませてしまう。

あとはジューコフが格好よすぎたことだろうか。バアァアっと脱ぎ捨てるコート、軍服を糺すとジャラジャラと揺れる数多の勲章。顔に刻まれた戦傷の跡。ジューコフの格好良さが目立つ映画でもあった。