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未来のミライ – 妹が出来た4歳児の男の子がちょっぴり成長するファンタジー

未来のミライ

細田守監督作品は『サマーウォーズ』しか観たことがない。キャラクターデザインが『ナディア』や『エヴァンゲリオン』の貞本義行で、上田城を根城とした戦国武将の真田家をモチーフに夏の信州を舞台にしたところまでは好きなのだけれど、肝心のゴリ押し感のあるストーリーや公務員だらけの登場人物が気に入らなくて、他の作品を敬遠していた。『銀魂2』の前売り券を買いに行った際に、青い空と夏の雲にセーラー服と男児が描かれたポスターが目に止まり、食わず嫌いというのもな、ということで併せて買った。

以下いつものようにネタバレ。

冒頭は山下達郎の歌と共に、街並みを俯瞰したシーンから始まる。道路に走っている自動車がスムーズに動いていてもうこれはアニメではなくて実写のようなヌルヌル動くリアリティ。主人公達のお家は一戸建ての中でも細長い敷地で、劇的ビフォーアフターの如くリフォームされる。主人公の若い父親が建築家で、古い温かみの中にもモダンなデザインの洒落た家が登場。母親は育児休暇中だが、父の方がフリーランスになり家で仕事なので家事や育児をやると張り切っているということで、母は時期を見て黒の凜としたパンツスーツ姿で仕事に戻る。父はイクメンとして頑張るが、これがなかなかうまくいかない。昨今の世相を反映したシーンだ。

冒頭のシーンだけを見ていると、最近の洒落たCMを見ているようだ。OSシネマズミントで流れる神鋼不動産のCMや、OK Google、AmazonのアレクサのCM、更には最近YouTubeでよく流れる料理宅配アプリUber EatsのCMのような、ありそうでありそうにない一般家庭の部屋、でも実際にはありそうな清潔感溢れる綺麗な家庭のイメージと映画が重なる。冒頭の山下達郎の音楽の相乗効果もある。山下達郎と言えばどちらかというとJRのCMに代表されるような80年代・90年代のトレンディなCMソングのイメージが強く、冒頭のシーンがそのトレンディなイメージを伴って入ってきた。

肝心の内容。『未来のミライ』という題名だが、肝心の男児の妹で未来からやって来た「未来」は半分も出てこない。それも幽霊のように突然現れるので、余り未来からやって来たという感じがしないファンタジー。このあたり、またゴリ押し感がある。

小さい妹が出来て、妹ファーストになりなかなか両親に構って貰えず、色々とワガママを言う4歳児のくんちゃんだが、現実から一転ファンタジーの世界へ。くんちゃんが家の庭に出ると、アンドレイ・タルコフスキー監督の『ノスタルジア』に出てきたような緑苔蒸す廃墟に謎のおじさんが現れる。ここから4歳児君ちゃんの冒険がオムニバス形式で始まる。両親やそのまた両親の両親の過去を辿り、目の当たりにし、体験することで、子供ながらに他人に対する思いやりを芽生えさせていく。そして待ち構えている大きな試練。大人の視点から見ると小さな子供の何気ない成長の過程だが、子供にとっては大きな試練でもあるのだ。

それにしても戦争のことを語ろうとなると、遂にひいおじいちゃんの代にまで遡らなければならなくなったのかと思うと、昭和も遠くなりにけりの感がある。

男児が化けて現れた飼い犬の尻尾を自分の尻にさすと急に化け物に変化して暴れ回るところなどは微笑ましく、細田監督自身の家庭での体験から着想を得たそうで、他にも共働き夫婦の模様などがリアルに描かれていたのだが、結婚していない身としては結婚や妊娠中の写真も、子供との触れあいも余り興味がそそられなかった。

ということで情操教育アニメのような映画だった。笑いどころもたくさん用意されている。弟妹が出来た小さな子供の心理模様も見事に描かれている。小さな男の子が成長するというか、お兄ちゃんとして一皮むける。

もし曾祖父と曾祖母の若い頃のかけっこのシーンで、ひいおばあさんが手を抜いて脚の悪いひいおじいさんを勝たせていなかったら二人は結婚していなかったし、ひ孫の男児もこの世には存在していなかった。過去の出来事が変わると未来まで変わってしまう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観た人なら、一度はこういう着想をするのではないだろうか。自分のおじいさんお婆さんが出逢ってなかったら自分は生まれていなかった。家族の歴史が変わっていた。そのシーンにふと、自分自身の意思で動いて世界を変える力強さを感じた。

最後にまた山下達郎の曲と共に街を空から俯瞰したシーンで終わる。この街にしても、家系と同じく古くから受け継がれてきたものなのだ。ご先祖様がいるからこそ今の自分たちがいる。夏になると日本中の都市を焼け野原にしたあの悲惨な戦争のことを否応なく振り返ることになるが、今の経済的繁栄があるのも、昔の人が焼け跡から築き上げてきたからなのだと思うと、町中にコンビニがあり、食べるものに困らず、電気ガス水道が当たり前のように家にある飽食の時代に、ふと今の経済大国日本を築き上げてきた、塗炭の苦しみを味わった昔の人たちに一抹の思いを馳せる良い機会ではないだろうか。最近ふとそんな風に考えることがあったので、映画を観て客観的に視覚化できたような気がした。まぁでも監督のインタビューを読んでいると、そういうことを言いたい映画ではないのかも知れないが、冒頭とラストの街を俯瞰した横須賀の風景が強く印象に残った。