しとしとと春の小雨の降る中、高台寺へと続く石畳を歩く。京の都と呼ばれていた時代を彷彿とさせる道といえば、ここと清水寺参道が1、2を争うだろうか。ねねの道というらしい。ねねとは豊臣秀吉の正室ねねのこと。秀吉薨去後は落飾して高台院と号した。北政所とも呼ばれる。
秀吉の菩提を弔うために建立された高台寺。家康の厚い後援で実現したと言われている。関ヶ原の戦いより数年後のことで、徳川と豊臣の仲はそれほど悪くはなかったと推察されるが、大坂の陣の後も、家康は高台院を丁重に扱ったという。
豊国神社は廃祀されたが、高台寺は残った。幾たびかの火災で創建当時の建物の幾つかは消失してしまったが、当時から続く建物も残っており、歴史の息吹を今に伝えている。
高台寺を訪れたのは、ツイッターのTLに流れてきた1本のしだれ桜の写真がきっかけだった。しかしその写真を見てもまだ行きたいという思いは湧かなかった。しだれ桜を1本見に行くために訪れるべきだろうかという迷いが生じる。
なぜ足を向ける気になったのか。とりあえずは見ておこう。まだ行ったことのない場所でもあるし、新しい発見があるかもしれない。
高台寺周辺は京都らしい静謐な町並みのためか、着物を着た外国人観光客の姿が良く様になっている。雨が弱々しく降る中、ひとりでいた二十歳前後の着物姿の眼鏡の女性に声をかけられ、スマホで写真を頼まれた。中国か、韓国から来た観光客だろう。眼鏡を外し、桜の前でポーズをとる。こちらも期待に応えてパシャパシャと8枚くらい撮影する。
高台寺へと続く坂を上り、中へ入る。廊下を行くと、視界が開けて目の前に出迎える枯山水としだれ桜。これ程までとはと嘆息する。これ程までとは。想像以上に圧倒される。まさか庭に植えてあるしだれ桜1本でこれ程までに心を動かされるとは。枯山水の白が視界を覆う中、それは息をしているように揺れている。花のつぼみ一つ一つが艶めかしい。
本やネットに載っている小さな写真で見てもこの圧倒的な景色は伝わらない。実際に訪れてみないと分からないものだ。これ程までとは。
すっかり気をよくして、しだれ桜の前を後にしたら、若い女が二人着物姿で写真を撮りあっていた。廊下の先を行き、ねねと秀吉の色彩豊かな像が並んで祀られている霊屋(おたまや)と呼ばれるところに入った。当時の面影を残す茶室などもあり、竹林を抜けて一周ぐるっと回る。
とにかくここのしだれ桜は一見の価値がある。また晴れた日に見に行きたいと思うのだった。