最近よく見聞きする赤に白抜き文字のMarvel(マーベル)とは何ぞや、アメコミジャンルの映画であることはそれとなく分かるがミリシラで『アベンジャーズ・インフィニティウォー』を観てみたが、アメコミに拒絶反応があるのかイマイチのめり込めない。しかし食わず嫌いは良くないという事で、次に『ワンダーウーマン』を観てみることにした。
神話の時代、全能の神ゼウスと軍神アレスが戦いを繰り広げていた。ゼウスとの戦いに敗れて地上に堕ちたアレスだったが、いずれ復活し再び災いをもたらすだろうと預言される。そのアレスを阻止する使命をアマゾン族の女王ダイアナ(ガル・ガドット)は背負わされていたのだった。
ある日ドイツ空軍機がダイアナの住む島の近くに不時着する。一部始終を見ていたダイアナはパイロットのスティーブ・トレバー(クリス・パイン)を助けるが、追っ手のドイツ海軍から攻撃を受ける。島のアマゾン族の女達は勇猛果敢に応戦するが被害も大きかった。
トレバーを尋問すると、彼はイギリスのスパイでドイツの新型兵器を探っていたが身元が発覚し、ドイツ軍に追われていたという。時は第一次大戦末期で休戦協定が結ばれようとしていた。戦争の悲惨な様子を聞いたダイアナは毒ガス開発を進めているドイツ軍のルーデンドルフ総監がアレスであると勘違いし、トレバーと共に外の世界に飛び出す。ルーデンドルフとイザベル・マル博士の毒ガス兵器開発を阻止しようとするトレバーと、アレスの再起を阻止しようとするダイアナの目的は一致していた。様々な冒険を経てルーデンドルフ総監を倒したダイアナだったが、黒幕は彼ではなかった。軍神アレスとの本当の戦いが始まる。
時計に象徴される二人の生きている世界と価値観の差異
ダイアナが風呂から立ち上がったトレバーを見てそれは何と尋ねるシーンがある。トレバーは男を知らないアマゾン族のダイアナがてっきり性器を見たことがないと勘違いして戸惑ったが、ダイアナが指したのは脇に置かれれていた時計だった。時計は産業革命の象徴とも言える。産業革命により工場、鉄道、公教育を授ける学校が発展したが、そのどれもが時計による時間の正確な管理を必要とするものだった。近代戦もまた時計を必要としていた。その一方で数百カ国以上を話し化学の教養溢れるダイアナは時計が何であるかが理解できない様子だ。時間に管理されない前近代的な世界で牧歌的・開放的に生きてきたことが窺える。文明の急速な発達と世界人口の急増を促した産業革命の行き着いた結末が、国民国家の形成とそれに伴う富国強兵政策が実現可能とした総力戦による大量殺戮の完成と考えると皮肉な話でもある。
外の世界、1918年のイギリスに出たダイアナの振る舞いはまるでドンキホーテのようだ。自分の信念に従い持参した剣を持ったままアレスを捜し回り、周りは彼女の行動に困惑する。見ていて滑稽だが、映画のラストはドンキホーテの顛末とは異なり、ダイアナの絵空事と思われていた事が現実のものとなる。映画の中でドイツ兵は相変わらず悪者扱いで、今回は実在の人物エーリヒ・ルーデンドルフ総監が悪の親玉を演じる。史実ではルーデンドルフは第一次大戦の後、ヒトラーのミュンヘン一揆に加担するが、その後はヒトラーと決別して余生を送る。今作ではそういった史実は無視され、悪役の象徴に徹している。
それに対し、ダイアナやトレバーに付き添うメンバーには、酔っ払いのスナイパーのスコットランド人の他にインディアン(ネイティブ・アメリカン)も含まれている。どちらも被征服者で歴史的に複雑な過去がある。人種差別を受けて役者の夢を諦めたモロッコ人もいる。皆何かしら人生に重荷を背負っている。昔からハリウッド映画は人種差別が酷いと言われていて、近年でも度々取り上げられているが、この映画の中では意図的にこのような被征服者即ち人種差別を受けてきた人達を配置したのではないかとも思われる節がある。これは先日観た『二人の女王 メアリーとエリザベス』の配役にも垣間見られた。
軍神アレスは意外な人物だった。ミステリー映画やドラマもそうだが、この手の作品を繰り返し観ると、意外な人物こそが犯人と念頭に置いて観れば、自ずと犯人が分かってくるような気がする。容貌は壮年を少し過ぎた感のある初老の紳士。肉体的にはプラド美術館展で観たディエゴ・ベラスケスの《マルス》に似て、戦いを終えて寛いでいるだらしない体の軍神像に似通っていた。
今現在マーベル作品の『キャプテン・マーベル』が公開中なので、チケットも買ったし観に行くことにしよう。