Mellow – 田中圭ありきのまったりとした映画

この日は朝から『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を観に行ったのだが、2本目に観た映画は『Mellow』だった。選んだ理由は1本目を見終わってから昼食を間に取るとちょうど時間が良かったのと、映画館のサイトの解説文から、日常を濃く味付けした日本映画を期待させたからだった。

しかし上映開始直後に「関西テレビ放送」という文字が表示されると嫌な予感がした。しばらくして映画が始まり、何やら薄いカメラワークで主人公の男が、洒落た花屋というべきなのか、もっと横文字の英語が似合いそうな、流行のドライフラワーなどが飾ってある店で、女子高校生の読者モデルのように見える大人びた顔立ちの美少女中学生の為に、好きな人への告白用の花を選んで、毒の無い優しい言葉を掛けている。

映画と言うよりもテレビドラマをそのまま映画のフィルムの質感に加工したような衒いの無い脱力したカメラワークで、映画が始まってからしばらくは、これといって目立った出来事が起こらない。女子中学生が秋のような枯れた色の混じった花束を渡したのはこの映画のキーパーソンともなる同性の女子中学生で、思春期にありがちな百合展開だ。そこにもう1人の地味な女の子が加わるのだが、これも特に意外性があるわけでもなく物語自体に強いスパイスを加えるわけでもない。この3人は映画の最後の方で、花屋の男とやがては結ばれるであろう若い女が営むラーメン屋で食事をして、花屋の男が繕ったカーネーションを閉店記念に貰って店を出るシーンがあるのだが、意味も無くスローモーション。果たして思春期の頃の心情をスローモーションで表そうとしたのか、筆者自身が既にそのような若い頃の感性を失ったのか、理由は定かではないが、一体何なのだろうと思わせる空かしたシーンだった。

主演は田中圭。『おっさんずラブ』の主人公であることはなんとなく知っているがドラマは見たことがない。どちらかというとシェイクスピアの舞台役者でスマホゲーム「ログレス」のCMにも出ていた吉田鋼太郎の方に興味がある。NHK大河ドラマ『真田丸』では織田信長を演じ、NHKの情報番組のナレーションも顔出しで務めている。2020年のNHK大河ドラマ『麒麟が来る』では、戦国の梟雄・松永久秀を演じている。

田中圭ありきの映画であることは冒頭の緩いシーンからすぐに窺い知ることが出来た。そしてこれは観る映画を失敗したと悟ったのだ。深夜に放送しているテレビドラマのような雰囲気、テレビでやればまた味が出ただろうが、ここ20年来テレビをほとんど見ないから見ることもないだろうという、ひょんな失敗から出会うことが出来たまろやかな映画。

というわけで両側の席もずいぶん空いていたので、ノンベンダラリンとした姿勢で1時間半ほど鑑賞した。海外留学を父親の病気を理由に諦めてラーメン屋を継いだ女の手紙の朗読も、またその父親の手紙の朗読も、リレー形式で読まれるのだが、正直これならドキュメンタリーの方がまだ面白いといった感じの抑揚のない内容で、一体見ている方はどう反応すれば良いのか困ってしまうことが大半だった。おそらく田中圭さえ見られれば良いのだろう。

全く面白くなかったというわけでもない。定期的にマンションに花を飾りに来る田中圭を好きになったともさかりえが癖のある女性を演じていて、気の優しい旦那と一緒に3人で部屋に集まり告白して、田中圭が冗談じゃないと断り、旦那がろくでもない男だとキレて、マンションの外で小突き回るシーンは観客から笑いが起きていた。この旦那の豹変が非常に面白かったし、ともさかりえの飄々ととぼけた女の演技も見物で笑いを誘った。

また子役の不登校の女の子がストーリーに軸を添えているのだが、演技が巧い。しかし巧すぎる子役というのはどうも鼻についた大人のような演技をする。そのバランスが難しい所で演技が本当に巧い子役なんてのはこの世には存在しなくて、するとすれば屈託がなく自意識もない赤ん坊なのではないだろうか。その子役の演技の直後に大人の田中圭の演技を比較して、大人もひょっとしたらこれはこれでもの凄い技量を用いて演じているから自然な感じに目に見え耳に響くのではないだろうかと感じ入った。

またその子役の女の子が描いた女子中学生の似顔絵に、「毛量多くない?」とか「毛量大切だよね」と突っ込みを入れる田中圭も笑いを誘っていた。

しかし目立ったシーンはそこくらいだろうか。他は田中圭をあまり知らない筆者にとっては実に退屈なシーンの連続だった。細かい所では大きなレストランからラーメン屋に転職した父親の店を継いだ娘が、そんな簡単に美味しいラーメンを作れるようになるのだろうかという疑問が終始頭の片隅にこびりついて離れなかった。その娘が髪型を変えに美容院に行くのだが、そのシーンに出てくる年季の入った女の美容師の演技もどこか気が抜けていて、これは役者ではないのではないだろうかと勘ぐったくらいで、まるで映画の素人が編集したようなシーンだった。不登校の女の子にしても、深刻に描かれているわけでもなく、最後には学校に通うようになる。女子中学生達の同性への告白も、深刻さはなく、反発もなく、スムーズに仲良しこよしになり、まるで記号のような感覚で物語として消費されているかのようだ。物語のセオリーにそう在るからそう描いただけというように。

映画のタイトルMellowのように全編に渡りまったりと緩やかな調子が貫かれている。幾つかの小事件は起こっても尖った印象は与えない。ひょっとしたら深夜のテレビドラマとして放送すれば、深夜帯の雰囲気からすんなりと受け入れられたかも知れないこの作品だが、最後の最後となるシーンだけは良かった。田中圭が店の前に行くと、海外留学する予定だった女と鉢合わせ、あ、飛行機、と指さしてそこでぷっつりと映画は終わる。不思議な余韻を残しながら。

と思っていたのだが、エンドロールで再び田中圭が出てきて暗い店の中でカーネーションを1本ずつ繕うシーンが主題歌と共に延々と流れる。やはり田中圭ありきの映画だった。