蛍が舞う季節が5月下旬から6月上旬だと聞いてビックリした。蛍というと、何故か8月のイメージがある。ジブリ映画の名作「火垂るの墓」の主人公達が涼しげな格好で自炊生活を送っているシーンせいだろうか。それに戦争映画というと夏のイメージがある。その刷り込みのせいで蛍は7,8月頃に舞うものと思っていた。ということは「火垂るの墓」も季節は梅雨時ということか。あるいは川辺に佇む少年少女たちのシーンが夏を想起させるせいかもしれない。
つまり生まれてからこの方、僕は実際に蛍をこの目で見たことがなかったという事だ。蛍は5月下旬から6月の梅雨の時期に駆けて舞うと知り、突然撮りに行きたくなった。
しかし調べてみると、どうも蛍のスポットは田舎の山奥が多い。こないだ広島まで行ってきたところなので、出来れば近場で済ませたい。撮影時間が夜なので、帰るのが大変だし、また徹夜しなければならないのかと思うと気が滅入る。徹夜は肉体的にも精神的にも想像以上に堪える。一泊しようにも宿の手配が面倒臭い。それに4月にお金を使いすぎて貯金が底をつきかけている。
諦めかけていたところへ、ヤフーニュースのトップに大阪府内に蛍が舞っているというニュースが飛び込んできた。提供は朝日新聞。何と都会の真ん中に蛍が舞う場所があるというのだ。
翌日に早速行ってきた。5月30日。場所は先ほども述べたように大阪府内。町並みはというと、大阪のベッドタウンと言われるだけあって、住宅街だ。家しかない。新しいマンションに、団地に、小綺麗な一戸建て。何か昔から続いていそうな古いお店でもないかと探してみたが、見当たらない。この辺り、同じ住宅街の池田市とは、どこか異なる趣がある。こういう所が知らない街を訪れた時の面白さだろう。
池へと辿り着く遊歩道を歩くと、既に先客が。カメラマン達が三脚を立てて蛍が舞うのを待っている。日が暮れだすと、皆朝日新聞のニュースを見てやってきたのだろうか、人が増え始めた。老夫婦に話しかけられ、やはり朝日新聞のニュースを見てやってきたと伺う。
「カメラマンのいるところが蛍がたくさん見えるところ」という通行人の言葉を耳に挟み、ああやっぱりそうなのかと。あちこちをうろうろし過ぎて、真っ暗になってしまい、ピントが合わせられなくなってしまった。
夜8時を過ぎても藪の中はなかなか光り出さない。ひょっとしてもう蛍は死んでしまったのだろうか?待ちくたびれて遠くの葉っぱの艶が蛍の光に見える錯覚も生じる。
もうしばらくすると、蛍が光り出した。ヒメボタルは点滅するのだ。その光景に、ふと湾岸戦争の映像が脳裏に甦ってきた。暗闇の中の点滅が、何となく似ている。不思議なものだ。
先ほどの暗闇が嘘のように蛍があちこちで光り、その光景はさながら音のない光のオーケストラだ。
後から地元の人の話を聞いたが、日曜日がピークだったそうだ。2日前に来ていればもっと綺麗な蛍の光が見えたという事か。それでもこの日は300匹以上確認できたという。
夜の10時も過ぎたので帰る事にした。遊歩道を歩いて行くと蛍が一匹、目の先に飛んでいる。歩きながら手を伸ばすと、蛍の光が指先にまといつくように舞い続けた。まるで最後の挨拶に訪れたかのように。