日本全土に敷かれていた緊急事態宣言が解除されてから数日後、1ヶ月半ぶりに映画を観に行こうと朝から神戸三宮に出掛けた。人の出はいつも通りで、朝10時の電車も席は埋まるほどには混雑している。正午に通りかかった鞄店やジュンク堂書店にはマスクが4,50枚2980円の値段で店先やカウンターで売られていたが誰も手を付けようとはせず山積みになっていた。
美術展で鑑賞したこともあり『盗まれたカラヴァッチョ』を観たかったのだがレイトショーでしかやっていなかったので、第2候補の『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を観ることにした。
動機としては動く三島由紀夫をスクリーンで観たかったというのがある。全共闘との討論にも興味があった。しかし全共闘が何であるかはよく知らない。よく昔のニュース映像に出てくる東大安田講堂に立て籠もった学生に対して警察がホース車で四方から放水しているシーンと関わりのある学生団体というくらいの認識しかない。
ナビゲーターは俳優の東出昌大。封切り前に不倫騒動でワイドショーの女性リポーターらに突き上げられ、Twitterでは主に女性達にバッシングされるというタイミングでの封切りだった。なぜこれ程までにTwitterでバッシングされているのか、理解しがたいところがあるが、しかしそのような炎上スキャンダルもコロナ禍が総て吹き飛ばし同時に上映スケジュールも吹き飛ばした。
討論の内容も分かるような分からないようなで、やはりその時代に生きていないせいか難解な哲学に疎いからかその時代に横溢していた空気が読みづらい。事件としては面白いし、1968年が政治の時代で、フランスにおけるパリ5月革命やチェコ・プラハの春の民主化運動、アメリカの公民権運動などが世界同時多発的に起こり、その連動は世界中に瞬時に情勢を伝えるテレビというメディアが大きな役割を果たしていたという話だった。その文脈の先にある1969年の討論会。
討論自体は分かりづらいが、三島の再来とデビュー時に持て囃された平野啓一郎や、気鋭の歴史社会学者である小熊英二の解説の他、全学連学生、楯の会、雑誌編集者、新潮社カメラマンなど当事者達の証言により幾分かは理解が促される。それらの証言はとても貴重でよくまとまっていたが、その中でも異彩を放っていたのが当時三島に論戦を挑んだ演劇人の芥正彦だった。現在の姿容も虎のように恐ろしく鋭い眼光で、若い頃も娘の赤ん坊を抱えながら討論している姿は奇妙なコントラストを与えていた。
討論の難解さはこれは改めて活字で読んだ方がわかりやすいのでは無いかと思ったくらいだ。三島由紀夫の小説は言葉の細緻な芸術品でその一つ一つの言葉が正鵠を射ていてどこを掴んで読んでもその響きが美しく、エッセイはすっと流れ込んでくるように日本人には分かりやすく良く馴染む。ならばこの討論も書籍で出版されている(三島と全共闘が印税を折半した)というから活字になった物を読んだ方がわかりやすいのではないか。
討論に今ひとつ入り込めないので、若い頃と老いた姿などを比較するのも面白くもあった。当事者達だけでなく、小説家や社会学者も。デビューからちょうど20年経った平野啓一郎はやはり顔に初老を窺わせる皺が刻まれていたとか、20代の学生が50年経つとこのような顔になるのかなど、人相学というか面相学というか、実に映画の本編とは関係の無いところに羽の生えた意識が漂い始め、顔ばかりをじっと観察してそれぞれの立場のその人達の辿ってきた人生がどのようなものだったのかを読み取ろうとしていた。そして人はやはり老いるのだという当たり前のことを再認識して時間の大切さを映画館の暗闇の中でひとり噛み締めたのだった。
それにしても三島由紀夫の眼力は凄い。そして楯の会の写真が格好いい。楯の会はおもちゃの軍隊と揶揄されていたと言うが、実際は自衛隊の体験入隊でやってはいけない実弾を使って訓練していたというのだから本格的だ。行進するムービーも流れていたがこちらも本格的。
三島由紀夫がユーモアを交えつつも持論を展開していき、その度に1000人の全共闘学生から笑いが起こる。しかし三島はここで現代の文化人やTVタレントによくあるような笑みを一切漏らさない。真剣な面持ちでユーモアを交え緊迫した状態にある学生達の心持ちをほぐしていく手練を繰りつつ論戦を張る。まさに真剣勝負。一方で学生達が論を展開する段になり何か面白く響くように突くと、大声で遠慮無く破顔する。この不思議なコントラストは何だろう。
共通する愛国者、共通する敵
東大全共闘と三島由紀夫、共通の敵は誰かと聞かれて芥正彦が答えたのが「あやふやで猥雑な日本」というセリフ。ふとズキリと胸に来た。右往左往で二転三転した日本のコロナ対策を見ていて、果たしてこの国は愛国者を愛しているのだろうかという疑念が湧いたのだった。ようやく200兆円規模の他国に類を見ない潤沢な政策が施された現状だが、全国民一律10万円の給付案がようやく出たときには、麻生副総理兼財務大臣が「経済効果がない」と自らが総理だった頃に発生したリーマンショックの対応策1万2000円の給付金の事例を挙げて渋っていると聞いたときには、これが経済大国3位の先進国の為政者の言うことかと失望感を覚えた。その他今回のコロナ禍で炙り出された諸々の日本の政治の不具合を通り越した致命的欠陥が、この「あやふやで猥雑な日本」セリフに集約されていてズキリと来たのだった。
両者とも愛国者に変わりは無い。違いは天皇を奉ずるか否か。三島はそこにこだわり奉じないなら君たちには与しないと明瞭に答える。
若い世代にとっては三島の天皇観は理解しがたいところがある。多感な学生時代が太平洋戦争真っ只中で、学徒出陣もあり常に死と隣り合わせで天皇のために死ぬことを教えられ終戦を迎えるとその価値観は打ち砕かれる。その後30代で戦後の激変した価値観に自身を慣れさせようとしたのではないかという解説があったが、余りにも特殊すぎる人生体験を戦争を知らない世代が肌身で理解することは難しい。ちなみにバブル崩壊後の90年代後半の自殺者の割合はリストラされた50代の男性が多かったが、戦後の1950年代は意外にも20代の若者が多かったという。急激に変化した時代の価値観について行けないというのが理由だったそうで、光クラブ事件や金閣寺焼失事件のようなアプレゲール犯罪にもその破壊的な一端があるというが、現代から見るとやはりなぜ若者の自殺が多かったのかその心理は理解しがたい。しかしこの二つの事件も三島由紀夫は小説の題材にしていた。
故に三島由紀夫がなぜあの場所であのような演説をし割腹自殺を遂げたのかが理解しがたいところがある。大芝居を打った幸せ者だというようなことを言っていたが、今回の映画を見てふとヴェールに隠された三島の思考にその切れ端だけでも入り込めたような錯覚がした。
討論に参加した人達の中で1人は今でも理想郷を追い求め続け、1人は自らのイデアを実現しようと割腹自殺を遂げた。今もし三島由紀夫が生きていたなら、魅死魔幽鬼尾としてどのように今の政治家を評していただろうか。