のれん代・負ののれん代 – 見えない企業価値と見えない将来にわたる懸念材料

ライザップが赤字決算を発表して株価が急落しました。積極的なM&Aで事業を拡大していましたが、買収した企業の業績が回復できずに本業の利益を圧迫したそうです。

テレビのワイドショーなどでも大々的に取り上げられていて世間に衝撃を与えましたが、今回の赤字決算の中で注目を集めたのが、「負ののれん代」という言葉です。株式取引を行っている個人投資家にとっては、「のれん代」という会計用語はひらがな表記でありながら一瞬何の意味のことだか戸惑ってしまう曖昧性が内包されているように感じられます。そこで少し調べてみました。

企業が或る会社を買収した時に、その会社の数値上の企業価値よりも買収額が上回った場合、その差額のことを「のれん代」といいます。のれん代はその企業のブランド力や技術力、従業員の質など、その企業が内包している目に見えない形の資産、いわゆる無形固定資産になります。昔の商家の店先には、その屋号をロゴマークにして記したのれんが掛かっていました。そののれんを見て通りを歩いている人たちは店に入っていくわけです。つまりは集客効果がありました。その集客能力はブランド力でもあります。実態の業績以上の金額で買収する、つまりのれん代を払うという事はその会社のブランド力を買い取るという事にもなります。

実際の資産価格よりも高い値段で買収するという事は、将来にわたって高い利益を生み出すことが出来る力がある会社であると見込んで、買収側が高いお金を出したというわけです。

最近のれん代が話題になった出来事として、光学機器メーカーのキヤノンが東芝メディカルシステムズを買収した事例が挙げられます。最近のキヤノンは海外の監視カメラ会社を買収したりと、潤沢な余剰金を使って積極的なM&A攻勢に出ています。というのも、主力の一つである一眼レフデジカメの売り上げが、高性能なカメラを搭載したスマートフォンなどに押されて右肩下がりの状態が続いているため、将来性が危惧されているからです。業績の過半を占めるOA機器も頭打ちの様相を呈しています。そこでキヤノンの持つ技術と親和性の高い企業を買収してシナジー効果を狙い、業績の拡大を狙っているというわけです。

東芝メディカルシステムズは営業利益が177億円、純資産が704億円。買収額は6655億円。この金額をニュースで聞いた時には、本当に元が取り戻せるのかと一投資家としては一抹の不安を覚えました。買収額6655億円から純資産を差し引いて、営業利益で割ると約33年分の利益を見越して買収したことになります。今後東芝メディカルシステムズの業績が上向けば、元を取り戻せる期間は早まりますが、万が一買収した企業が右肩下がりの業績に陥った場合は見込み違いという事になります。

ところがキヤノンは米国会計基準を採用しているため、のれん代を償却しなくても良いことになっています。日本の会計基準だと20年に渡ってのれん代を償却する必要がある、つまり経費として計上する必要があるので業績に影響を与えるのですが、米国会計基準のキヤノンは今のところはそのような負担を強いられることがありません。

ところが米国会計基準を採用している大企業に大問題が生じました。多額ののれん代の減損による東芝の破綻危機です。アメリカで買収した原子力発電事業が、東日本大震災の原子力発電事故の影響で思うように立ちゆかなくなり、多額ののれん代の減損が業績に重くのしかかってきて、すわ破綻かと株式市場に衝撃が走りました。原子力事業は国との関わりが深いので、政府がバックアップした国策的買収とも揶揄されていますが、政策の話は今回は関係ないので脇に置いておきます。

米国会計基準では事業がうまくいかなくなった場合、のれん代の減損処理をする必要があります。業績が悪化し、実際の企業価値が下落してしまった場合、のれん代との差額をのれん代の減損として計上する必要があります。こののれん代減損が、どこからどう見ても優良企業のように思われていた東芝の業績を一気に悪化させ破綻寸前にまで追い込みました。

M&A戦略でグローバル化が進んだ企業は国際会計基準で有価証券報告書を作成する必要に迫られます。ブランド力の高い稼ぐ力のある企業買収にはのれん代がつきものですが、その会社の持つ目に見えない価値の判断や将来性の見通しを誤ると東芝や日本郵政のように多額の負担がのしかかってきます。まるで時限爆弾を抱えているようなものです。

負ののれん代で会計マジック?

ところで今回のライザップの決算騒動は、負ののれん代が話題になりました。負ののれん代とは、実際の企業価値から買収額を差し引いた差額のことです。ライザップはM&Aで業績の悪い会社を、その企業価値よりも安い価格で買収していたために、その差額を特別利益としてその期の決算に計上できました。そのようなM&Aを積極的に推し進めていたので、当然株価もうなぎ登りになります。ところが買収したそれらの企業の再生が思うように行かず、各企業の赤字が本業に大きくのしかかってきました。会計マジックとも言えそうですが、赤字決算を受けてライザップはM&Aを取りやめる方針を打ち出しました。方向転換です。

ライザップは500円ほどだった株価が衝撃の赤字決算発表で248円まで下がり、2018年11月24日現在は331円まで持ち直しています。しかし1年ほど前は1500円をつけていました。

グローバルなM&A戦略は聞こえが良いですが、多額で買収した企業の将来性を見誤ると、時限爆弾の様相を呈して一気に企業の屋台骨を傾かせるのは、東芝が良い例です。またその逆の場合(負ののれん代)も、会計マジックに頼った利益拡大と株価上昇は、後々になって大きな負担になる可能性があることを我々個人投資家は肝に銘じておいた方が良いでしょう。目先の利益に惑わされない、この格言が最もよく当てはまった事例とも言えます。