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蜘蛛巣城 – ラストシーンが伝説となった黒澤明の傑作!

蜘蛛巣城

黒澤明監督の『影武者』がとても良かったので、同じ戦国物の『蜘蛛巣城』を見ることにした。

冒頭、寂寥とした荒野に蜘蛛巣城址の碑が立っている。城址でよく見かけそうな碑だが実際に見かけたことはない。碑以外は何もなく、兵どもが夢の跡といった呈である。何やらおどろおどろしいバックコーラスが流れて妖しい雰囲気を掻き立てる。やがて霧が出て、そこから城が現出する。そして1人の兵士が大きな城門の前にやって来て、扉を叩く。

城のセットは二重の構えでなかなか荘厳としてはいるが、その後ろには寂寥とした丘が見える。ロケ地は富士の辺りだそうだ。なんとなくそんな感じがする。自衛隊の演習に使われてそうな感じだったり、過去の映画や特撮なんかでも見覚えのある風景だ。

城に入るとまず大殿が床几にどっかと座っていて、その横を家臣達が並んで同じように床几に座っている。これは『影武者』で観た時と同じ構図だ。武将達の威圧感が伝わってくる。

二人の武者が蜘蛛巣城下の森の中に馬を進めると、老婆が糸車を引いている。そして2人がそれぞれ館の城主になり、やがては1人の武者・鷲津武時(三船敏郎)が蜘蛛巣城主となり、もう1人の武者・三木義明がその後に蜘蛛巣城の城主になると予言する。

それにしても馬で疾駆するシーンがとても良い。とてつもなく長いのだ。何度も何度も馬で二人の武者が疾駆するシーンが流れる。老婆の予言を聞いた後に霧から抜け出すのだが、このシーンも恐ろしく長い。なかなか霧から抜け出せない。現代の映画ならこんなシーンは短めにカットして次のシーンに移りそうなものだが、全くその気配がない。これも『影武者』で見られる手法と同じだ。報告を聞いた後に信長が城内を馬で何度も駆け巡るシーン、武田家の武将が館に馬で乗り入れる前に小物が箒で何度も何度も地面を掃き清めるシーン、家康と家臣達が、信玄を狙撃した家来がどのようにして撃ったかを再現させるシーンなどに見られるあの異様な長さと同じだ。まるで映画の中で流れている時間を突き破り、映画を見ている我々の世界に流れている時間とリンクさせるような効果を持つあのシーン。現代映画なら説明的にシーンを挟んでパパッと次の重要なシーンに移行することだろう。

鷲津武時の細君・浅茅を山田五十鈴が演じている。その名前を冒頭のテロップで見てNHK大河ドラマ『葵徳川三代』で家康の母於大の方を演じていたことを思い出し、その姿と演じている役柄から、きっと往年の大女優なのだろうなという感じがしていたが、目の前に写っている山田五十鈴はまだ若い。そして能面のような顔をしている。しかもほとんど動かないのである。能面そのものの横顔が素晴らしいほどに美しい。

『蜘蛛巣城』はマクベスを下敷きに、能の様式美を取り入れている作品と言われている。なるほど確かに冒頭の歌といい、山田五十鈴のの動きといい、能のようである。暗闇の中へ溶けていき、再び暗闇の中から現れる姿も、60年前の作品とは思えないほどの美しさ。

4人の中間らしき男達が何度か出てきて、語り合いながら状況説明の役割を演じている。義明の息子が、予言を信じて予言通りになるよう行動するなど馬鹿げていると諫めるセリフも何かしら胸に来るものがあった。

老婆の予言通りに褒美として貰った館に、次の戦の拠点にしたいとしてやって来た大殿は武時に先陣を命じる。一方で浅茅は、これは武時を挟み撃ちにして滅ぼす策謀で、今をおいて大殿を誅殺して一国一城の主になる機は他にないと唆す。決心した武時は鑓を持ち、フレームアウト。しばらくしてから画面に戻ってきた鑓と手は血に濡れている。浅茅は鑓を取り上げ、薬の入った酒を呑んで眠っている守備兵の一人に鑓を持たせて下手人を装わせ、変事が起こったことを告げた武時は皆の前でその守備兵を斬り殺す。

棺を蜘蛛巣城に運ぶシーンも、やはり長い。こんな物は今の映画なら短く編集するところだが、城に向かって延々と棺を運ぶ。城門も人に対して一際大きいのが特徴的だ。

浅茅に唆されて大殿を誅殺した武時は老婆の予言通りに蜘蛛巣城の城主となる。武時と浅茅の間に子供ができなかったので、固い友情で結ばれていた義明の子供に家督と城を譲るつもりだったが、子供を身籠もったと言われ、義明を誅殺してしまう。刺客を放っている間の宴の空席に、義明の亡霊を何度も見て、重臣達の前で狂ったように騒ぎ出す武時を、浅茅が取り繕う。

やがて大殿の弔い合戦に攻めてきた乾の軍勢に対し籠城する。老婆の予言を頼りに再び森の中に駆け込み、蜘蛛巣の森が襲ってこなければ城に篭もれば必ず勝てると老婆に予言されて勢い勇んで城兵達に大演説をぶるが、野鳥が城に飛び込んできたり、浅茅が何度手を洗っても血が取れないと発狂したりと変事が続く。敵勢が木々を隠れ蓑に城に押し寄せてくる姿を見て、森が襲ってきたように見えた武時は発狂し、城兵達にも動揺が広がる。城兵達は俺の首を土産に降伏する気かと怒り狂う武時に矢を放ち、弁慶のように全身に矢を受けた武時は崩れ落ちて絶命する。

ラストシーンは三船と矢との距離を取るための圧縮効果なのか

この最後の矢を受けるシーン。合成ではなく撮影のために招集された弓道部員が実際に矢を射ているそうで、役者に当たらないような仕掛けを施してはいるというが、撮影後に三船が監督にキレてその後も根に持ったほど、矢が役者に今にも突き刺さりそうな緊迫感に満ちたシーンとなっている。望遠レンズによる圧縮効果(カメラが被写体から思いっきり距離を取ることで、背景が引き寄せられる)を援用することで実際には役者と矢の間には距離があるとWikipediaにあったが、出典を見るとツイッターの或るツイートへのリンクが張られていた。そこで元となったツイートとイラストを拝見したが、どうもイラストほどには矢と役者が離れているようには見えない。

件のシーンを見返してみると真正面からのシーンではかなり間近に刺さっているし、横から抜いているシーンでも三船が手を伸ばしたら壁に突き刺さった矢の束に届くくらいだから(件のツイートでは手を伸ばしても届いていないと書かれていた)、圧縮効果説に疑問が生じる。手前の矢の束と奥の矢の束、その奥の三船が織り重なるように表現はされているが、奥の矢の束と三船の距離は結構近い。と言うのも左側に写っている木の壁が斜めに写っているため、三船と矢との距離がある程度推し量れるのだ。安全のために矢と三船の間の距離を開けるために圧縮効果を用いたと言うよりも、手前から奥までの矢が重層的に重なっているように見せるために圧縮効果が用いられている感がある。言い換えると役者と矢の距離よりも、手前の矢と奥の矢の距離を縮める為の圧縮効果のように思われる。そうすることで三船が矢の檻に囚われているようなダイナミックな印象を見る者に与える。そもそもこれは圧縮効果と呼べるほど役者と矢との距離を縮めているように見えるだろうかと問われると、手前の矢と三船との距離は重層的に写っているとはいっても距離があるように見える。黒澤明が映画に圧縮効果を用いたのは有名だが、このシーンでは圧縮効果というよりも、特殊な仕掛けを使って実際に三船の間近に矢が刺さるように撮影されている事に重きを置いた方が良いのではないか。恐らく手前から後方までの矢と役者を重層的に写したいという理由から横から抜いて撮っただけのような感じがする。真相は映画事情に詳しい方にお任せしようと思う。

写真を趣味にしているものとしては、どの焦点距離のレンズで撮れば矢と役者があのように重層的に写るのか、その圧縮の程度とレンズとの関係が気になるところである。

それにしても馬で疾駆するシーンといい、ラストのシーンといい、本物なので迫力がある。CG映画も迫力があるが、本物には適わないなと、60年以上前の映画の威力を垣間見ることが出来る映画だった。