新訂 海舟座談 – 軽快な江戸弁で語られる偉人達の等身大の実像

海舟座談

数週間ほど前、地面師集団が大手建設会社の積水ハウスから55億円を欺し取ったという事件がニュースを賑わせた。

地面師と言う聞き慣れないキーワードに、はて何のことだろう、ボーリング調査の時に必要な資格を持った人たちのことだろうか、それとも江戸時代の山師のように鉱脈を当てる人のことだろうかと、いろいろ想像を巡らせた。

先日ジュンク堂書店に行ったら、書棚の一角に明治維新150年フェアと題した岩波文庫の重版キャンペーンの棚を見かけた。その中に『海舟座談』があったので買ってみることにした。家に帰って早速読み始めると、「地面」という単語が頻繁に出てくる。最初は違和感を覚えたが、前後の文脈から、「地面」が不動産価値のある「土地」を意味することが朧気ながら理解できた。

地面師について検索してみると、第二次大戦後に日本で頻繁に起こった土地がらみの詐欺事件であることが分かった。つまり70年近く死語同様の言葉になっていたのが、先の事件をきっかけに復活したという事だ。

数日前の読売新聞で作家の高村薫が、奈良国立博物館で開催中の正倉院展について寄稿していた。その内容はというと、奈良時代の日本人の言葉は今とは相当発音も違っていて、現代人となら時代の人たちの間では会話が理解できないほどという事だそうだ。

海舟座談を読んでいて感じたのは、晩年の勝海舟が著者に語ったことが江戸弁で書き綴られており、日本語とはしては理解できるが、希に現代では使われていない単語が出てきて分かりづらいところがあるという点と、断片的な箇所があるので、或る程度背景を知っていないと理解しづらい箇所があるという事だった。

それでも文章が長くなってくると分かりやすい。中国の李鴻章や朝鮮の人物、古今の政治家や偉人達の名前が出てきて、勝海舟がそれらの人物達に対してどのような感慨を抱いていたかが理解できる。読み終わってからちょっと拾い読みすると、家康が71になって自ら大阪出陣に出向いた話なども読んでいて活気がある。意外なところでは、足尾鉱毒事件の田中正造にも触れられており、勝が鉱毒事件に関してどのような考えを持っていたかも窺い知ることが出来る。

本書は巌本善治が晩年勝海舟の屋敷を訪ねてそこで語ったことを家に帰ってから書き留めた物が収められている。巌本は女学校を経営していたものの立ちゆかなくなっていき、校舎が火事に遭って隣接していた巌本邸も焼けて、書き留められていた勝海舟の談話もあらかた消失してしまった。その残った物を収録している。

後半は附録と題されて、海舟の周辺の人たちの談話や、著名人達による「海舟座談」の解説などが添えられている。解説者の中には先にも述べた足尾鉱毒事件の解決に奔走した田中正造や、国家改造論者で戦後は戦犯にも指名された思想家の大川周明も名を連ねている(極東軍事裁判で東條英機の頭を後ろから何度もはたいた人)。

海舟は座談の中で、同志社は潰れると何度も何度も繰り返している。今現在の同志社大学ではなく、新島襄が創設した同志社英学校のことだろう。高島秋帆や渡辺崋山、高野長英などは褒めている。島左近も大いに褒めている。李鴻章の息子も大した人物になると言っている。西郷隆盛が鳥羽伏見の後に江戸に攻め登った時の模様も肌感覚で臨場溢れるように描かれている。これらの人物評が面白い。徳川の家政の、所謂お金のやりくりのことも頻繁に出てくる。歴史の研究書からはなかなか知り得ない生々しい話を愉しむことが出来た。さらさらと読みやすかったが、読んだことは大抵忘れるものだから、時々拾い読みしてみると活力が漲って来て良い。