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新倉富士浅間神社・新倉山浅間公園 – まほろば探訪 第44回

新倉山浅間公園から臨む富士山と忠霊塔。
新倉山浅間公園から臨む富士山と忠霊塔。

以前登録していたAmazon Unlimitedが再び無料お試し期間が出来ると表示されたので、再登録してみた。さて一ヶ月の無料期間の間に何を読もうと考えて、やはり値段が嵩張るカメラ雑誌が良いなとデジタルカメラマガジンの4月号をダウンロードした。

ちょうど桜撮影の特集が組まれていて、著名カメラマン達が選んだ桜の名所を順位別に紹介するという趣旨の記事だった。これが今までにないくらいに豊富な情報量で、100位まで紹介されていて現場の様子や撮影方法などにも詳しく触れられていてとても参考になった。

一位は吉野の桜。なるほど今年下千本から上千本まで満開の時期に訪れてみたが、一目千本と称される桜の饗宴は確かに素晴らしいものだった。

さてタブレットでペラペラめくっていくと、富士山と朱い五重塔と桜がコラボレーションした写真に目が留まった。一瞬京都かと見まがう風景写真だったが、新倉富士浅間神社の境内にある新倉山浅間公園という場所とのこと。そういえば富士山を間近で観たことがない。行ってみたいなと記事を読むと、長い階段を上ったところにある撮影スポットの高台は早朝の朝8時までカメラマン達が陣取っていて、その後も観光客の混雑も相当のものだという。

選択肢から消えた。そんな人で混雑した場所に行きたくないという思いが先行した。しかも朝8時前から。宿を取らないと無理だそうし、おそらく宿は埋まっている。

しかしどういうわけか、旅行の計画の最終段階になって、新倉山浅間公園を組み込んでいた。二泊三日の旅程を組んだので、最終日に早朝から桜と富士と朱い五重塔を写真に収めることが出来るスポットに気安く行けることになった。混雑も、今までの経験から皆入れ替わり立ち替わりで撮影していたからまぁなんとかなるだろう。

徹夜で疲れ切った体もホテルでシャワーを浴びぐっすり眠ったら、羽のように軽くなっていた。とてもすがすがしい気分。高遠城址公園、勝間薬師堂、松本城、河口湖と我ながら鳥のように移動しているなと思いながらホテルを出て、富士急行で下吉田へ向かう。富士急ハイランド駅からたった3駅だ。特別仕様で機関車トーマスのラッピングが車体にも社内にも施されてて居て、床は明るい色調のフローリングで、窓からは太陽の光が余すところなく差し込みただただ明るい。気分まで明るくなってくる。他の鉄道会社の車両も皆窓を広くして明るい床のフローリングにすれば良いのにと思われるくらいだ。

下吉田で下車。まだ7時頃なので明るいし快晴で気分も良い。想像していたよりも静かな景色で、観光地のような賑やかしさがないのも間か奥ゆかしくて良い。山の方には桜が咲き誇っているのが見える。新倉富士浅間神社へと向かう。

鳥居をくぐり、桜に覆われた山道を登っていく。途中に社があるがここから先まだ石段を上らなければならない。これは確かにきつい。前を歩いていたカメラマンのおじいさん達は階段ではなく蛇行する坂道の方を選んだ。まぁこれだけ超高齢化社会になってくると周りは60代以上だらけで、筆者の白髪だらけの父親も大病をくぐり抜けて失語症で半身不随ではあるがピンピンしているので、果たしておじいさんと呼べる程年を取っているのかと思うと、60歳70歳ではまだおじいさんと呼ぶには若いような気がする。80歳を過ぎてようやく見た目や声が昔話に出てくるようなおじいさんらしくなってくるのではないだろうか。

撮影スポットの高台に到達すると、案の定カメラマン達が大勢陣取っていた。やはり三十人くらいだろうか、三段になっているスペースにそれくらいの人数がひしめき合って皆デジタル一眼カメラやスマホ、タブレットで写真を撮っている。近くには30代くらいの若い日に焼けた警備員が一人居て、三脚を使って撮っていたおじいさんを「それ広げたら三人分のスペース撮っちゃうでしょ?」と気怠そうな穏やかな口調で諭していた。入り口には立て札があり、深夜から朝5時以外の時間帯は三脚・一脚禁止と書かれている。近くのホテルに泊まっていたのだから早起きして始発でこれば日の出前の良い写真も撮れたかなと後悔したが、まぁ仕方がない。

とりあえず前のスペースが空くのを後ろで待っていると、前で撮っていたおじいさんがこちらを振り返り、スペースを譲ってくれた。しばらく借りて10枚ほど撮ってから、またおじいさんにスペースを返す。

日本の原風景。京都とはまた違った趣が良い。
日本の原風景。京都とはまた違った趣が良い。

プロカメラマンも来ていたみたいで、会話に花を咲かせていた。どうやら知り合いのカメラマンとこの場で偶然であったらしい。昔は良い思いしたでしょうとか、今単価見て二度見してしまうくらい(報酬が下がった)とか、やはりストックフォトサービスが興隆を極めている今、写真で食べていくのは大変なのだろうか。

明け方の月と富士山。
明け方の月と富士山。

しばらくするとまた空いたので陣取って撮影。朱い五重塔は忠霊塔という名で、比較的新しい建造物で昭和37年頃に建てられ、戦没者慰霊塔となっている。この忠霊塔というのは国家のために忠義を尽くしてなくなった戦没者の人々を慰霊するために建立されている塔のことで、全国に見られる。

朱が美しく映える忠霊塔。
朱が美しく映える忠霊塔。

遡って昭和34年に新倉山浅間公園が整備される。境内には300本の桜が植えられているという。実際に境内をぐるっと歩いてみたが、桜が途切れることはなかった。

桜に囲われた富士山。
桜に囲われた富士山。

更に遡ることには戦国時代、武田信玄の父信虎が、北条氏との戦の折に、境内の新倉山に陣を敷き、戦勝祈願をして戦に勝利したことから刀が奉納されたという。

創建は慶雲3年(西暦705年)、甲斐国八代郡荒倉郷の氏神として祀られる。大同2年(西暦807年)の富士山大噴火の折には平城天皇より送られた勅使により、国土安泰富士山鎮火祭を執り行ったとある。

大きく構える富士山と新倉山浅間公園の桜。
大きく構える富士山と新倉山浅間公園の桜。

素晴らしい絶景。これは朝日が昇る前や夕暮れ時にも是非訪れたいと思う。しばらく撮ってから階段を降り、更にそこでも富士山を撮った。帰り道、さすがに石段を下るのは楽だ。萌えキャラをあしらったノボリも見られ、時代の流れを感じさせる。

今流行の萌えキャラで観光を盛り上げる。
今流行の萌えキャラで観光を盛り上げる。
新倉富士浅間神社の本殿。
新倉富士浅間神社の本殿。

あれだけ行く気がしなかったのに、こうして軽快な足取りで訪れて、長い階段も重い機材を背負って登り、最後には新倉富士浅間神社でお参りして御朱印帳が綺麗だったのでまだ余っているのに買って御朱印を貰ったり貝殻を象った縁起物を買ったりして、すっかり観光気分に浸ってきた気持ちの良い朝だった。