ミッドウェイ – やはりハリウッドの臭いは消えない

ミッドウェイ海戦が映画化されるのを映画館で知り早速前売り券を購入したのだが、後になってTwitterの方で中国資本が絡んでいることが話題になった。監督はローランド・エメリッヒ、『インディペンデンス・デイ』の監督で作品名もその名前もよく知っていたが、かといって他の代表作が思い浮かばず、CGを一切使わない監督というのならば監督の名前で映画を選ぶものの、普段は監督の名前で映画を選ぶこともない、テーマで選ぶからどのような描かれ方がされているかも想像が付かないが、恐らく政治的なプロパガンダの描写でも絡んでいるのだろうとやや不安になりつつも観に行ったが、特にそれらしい描写は見当たらなかった。

1点あるとすれば、真珠湾攻撃の意趣返しで東京を空襲したパイロット・ジミー・ドーリットルの隊が燃料ギリギリのまま中国大陸に不時着して、何やら現地住民と揉めているシーンで、眼鏡をかけたインテリの教師がやって来てようやく自分たちが仲間であることを悟らせ別の土地へ移動する際に、日本軍機がやって来て男女子供誰彼構わず機銃掃射をするシーンだろうか、唯一この映画の中で日本軍が悪に見えるシーンだ。既にボロボロの建物の壁に、「東亜新秩序」のスローガンが貼り付けられているが、これが綺麗なゴシック体で、新聞紙上ならまだしも、この時代にこのように綺麗なゴシック体を壁に貼り付けることが出来たのだろうか、なんだか安っぽいなと、細かいところが気になった。

冒頭では豊川悦司演じる山本五十六が、豪華なクラブのような場所でイギリス人武官に対して、日本は資源がないので追い詰められたら戦争をせざるを得ないというようなことを述べさせて、日本の立場を観客に示すことになる。このシーンを見ていてふと思い出したのは、マッカーサーを描いた映画で、戦後アメリカの軍人になぜ日本はこんな戦争をしたのかと問われて、我々は欧米の真似をしただけだという木戸幸一だったか東條英機だったか或る政治家の正鵠を射た発言をふと思い出したのだった。どちらか善か悪か、それは結局は勝者が決めることでやっていることはどちらも変わりが無い。いずれは歴史家に委ねられる事柄だ。

ではこの映画は日本を公平な立場から描いていたであろうか。エメリッヒ監督はドイツ人なので、同じ敗戦国として日本の立場をよく理解しているからか、冒頭にこのシーンを持ってきた。インタビューでもそのようなことが語られていた。それでもやはりどちらかというとアメリカびいきの映画だと思わざるを得ないのは、ラストで正規空母の赤城か飛龍であろうか、その甲板上にある日の丸に向かって爆弾をお見舞いしたシーンのせいだ。恐らくその事実はないだろうがこうした描き方が、ミッドウェイ作戦発動のきっかけとなったドゥーリトル空襲に続く、真珠湾攻撃の意趣返し第二弾を強調しているだけでなく、国旗に対して爆弾を落とすシーンそのものが、日本人に対する侮辱のように感じられてならなかった。それがたとえエンターテイメント映画の面白くて分かりやすいカタルシスを得るためのシーンとはいえ、その爆弾はそのまま日本人の胸に突き刺さる。このような見方は繊細に過ぎるかも知れないが、普段国旗に対してもそれほど愛着があるわけでもなくそれほど右傾向の思考ではない筆者でも、やはり無理矢理日本人を意識せざるを得ない、国旗だの何だのどうでも良いのに無理矢理引っ張り出されて自分がやらかした戦争でもないのに罪の意識に苛まれ馬鹿にされているような不快感を催す。

真珠湾攻撃のシーンは、『パールハーバー』では宇宙人の襲来みたいだというようなレビューもどこかで見た覚えがあるが、そもそも我々は真珠湾が空襲を受けているときの映像を直に見たわけではないし、記録されていないから見ることは出来ない。我々が普段親しんでいる真珠湾攻撃の記録映像は、戦艦の巨体が黒煙を空高く上げながら大きく傾いている襲撃が終わって時間が経った後の映像だ。そこで真珠湾攻撃がどのように描かれるのか興味があったが、これがなかなかの派手さだった。こんなにも日本軍の飛行機はパールハーバーをボコボコに叩いたのかと言うほどで、1990年の湾岸戦争などはテレビゲームのようにミサイルで攻撃している様子がテレビで流されてニンテンドーウォーなどと揶揄されたが、それでも戦争の恐ろしさや悲惨さは、その被害を被った人でなければ、実際の映像だけではそれを理解するのは難しい。その欠けた映像の部分を映画は再現するのだが、悲惨なシーンは巨大な軍艦や飛行場などの無機質な物体が損傷を受けているのをクローズアップしている派手なシーンではなく、むしろそれよりも奇襲が終わって日本軍機が去って行き、日常の静寂が戻ってきた後に、犠牲者達が運び込まれた建物の中で、戦友を探しているパイロットがシーツの下で黒焦げになっていたそれを発見したシーンにあった。この胸を打つ黒焦げの塊になった死体の短いカットだけで、いかに戦争が悲惨であるかが充分に伝わってくると同時に、映画のストーリーの設計上にある復讐心を観客に煮えたぎらせる役割を果たしているのかと思うと、敵役である日本人の側としては実に戦々恐々とせざるを得ない複雑な心境になった。

というのも、パールハーバーはまだ終わってはいないからだ。1941年12月7日に行われたこの奇襲は、それから60年近く経った2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロが発生した際にも、かつての日本の奇襲攻撃が蒸し返されて政治的に利用され、感情が高ぶったアメリカ人に現地の日本人が不愉快な目に遭わされたとも聞く。

恐らく今後もアメリカが同様の被害を被れば、その歴史的起点であるパールハーバーの奇襲が蒸し返されるのだろう。戦後20年ほど経ってからだろうか、或る旅行会社の広告で、真珠湾攻撃で奇襲に加わった日本軍パイロットと、東京大空襲に加わった米軍パイロットが互いに杯を掲げるポスターを見たが、そのようなポスターが受け入れられる和解の空気が既に戦後20年辺りであったとはいうものの、やはりパールハーバーは蒸し返されるし、有事の際に米国民の結束を促すには政治的にも簡単で都合が良い。

細かいところで言えば、日本の御前会議はどこの外国の一流ホテルだと言わんばかりの絢爛豪華な造りの広々とした空間で、やはりハリウッドだなと失笑せざるを得ない。一方で空母で高射砲を担当している指揮官は名もないであろう端役でありながら米軍機が到来すると指揮棒を高く掲げて指揮していたその姿に日本的な生真面目さを感じざるを得なかった。

日本人俳優は、山本五十六連合艦隊司令長官に豊川悦司、正規空母飛龍の艦長・山口多聞少将に浅野忠信、正規空母赤城の艦長に國村隼の3人、他は誰か分からなかったが、後から調べてみると、ほとんどが日系アメリカ人やカナダ人の俳優、或いは海外で活動している日本人俳優で当然見慣れておらず、どうも副官達が日本人らしくないというか軍人を演じるには顔立ちが幼いというか、そういった人選の粗が目立った。あの源田実も出ていたが、これがあの源田実?という感じ。しかしまぁ画像検索してみると、確かに眼光鋭く源田実に似ているから、映画館で観ているときにいったい何が齟齬を来したのだろう、台詞回しだろうかと思った次第。

では山本五十六役の豊川悦司や山口多聞役の浅野忠信はどうだったかというと、どうも素材を生かし切れていないというか、素材を間違ったというか、軍人を演じるのが合っていないようなイメージがつきまとった。戦争を知らない風体だ。どうも両肩にリミッターでも装着させられている様な消化不良感のある台詞回し。一方で南雲中将役の國村隼はハリウッドがナンボのもんじゃい!といった風体の何ら変わらぬ演技力で見事に悲運の艦長を演じきってただただ見入ってしまった。

ハリウッドの日米を舞台にした映画を観ていて常々思うのは、日本側のシーンは日本の映画製作会社に委ねた方が良いのではないかという点だ。一応日本の観客も商売相手にしているわけだし、これまでのハリウッドの日本の描かれ方はゲームの世界の脂ののった不自然なコッテリ感しかない。それ中国かタイの屋台じゃないのかというような西洋人のアジアに寄りすぎたアジア感。日本は極東で端っこ、しかも島国で中国から文物を取り入れつつ、十分吸収し終わると独自の文化を育んできたので他のアジア諸国と比べてもアジア感は薄い。薄口のアジア、そこが日本の良さでもある。

『トラトラトラ!』は日米合作で、その形式で製作され、公平な視点で描かれた本作は名作として殿堂入りしているが、1976年の『ミッドウェイ』は今作と同じように三船敏郎他主要キャスト以外は日系アメリカ人の俳優で固められており、果たして描かれ方はどうであったか。1995年に『ヒロシマ 原爆投下までの4ヶ月』という日米合作のドラマでもトラトラトラ!と同じような製作方式が採られたが、これも原爆という、取り扱う国によってどちらか一方に解釈が偏りがちなセンシティヴなテーマを取り上げながらも、公平な立場で描かれており名作だった。

アメリカ側の俳優はC.W.ニミッツ大将に、ウディ・ハレルソン。催眠術詐欺師を演じ、大統領を演じ、向こう見ずなアメリカ親父を演じた男が今度はアメリカ太平洋艦隊司令長官を演じているが、これが実に惚れ惚れする熟達した演技だった。直情型のハルゼー提督に『ワイアット・アープ』のデニス・クエイド、こちらも年季を感じさせる味の濃い演技でブル・ハルゼーを演じきった。途中から皮膚病を治すため、性格が正反対のイメージがあるスプルーアンス中将にお株を奪われることになるがこちらは端役扱いなのかあまり目立たなかった。

海戦が終わり、敗報を耳にする山本五十六司令長官が手にしているのは、南北戦争の英雄グラント将軍の伝記だろうか。南北戦争で使われた銃が幕末の日本に輸入され、戊辰戦争に使われた。明治維新を達成した日本は帝国として富国強兵政策を採り、朝鮮半島や中国大陸に侵略しその領土を膨張させていくが、このミッドウェイ海戦で虎の子の正規空母4隻を失い運命が180度変わったと言っても過言ではない。太平洋戦争の転換点は、日本の命運の転換点でもあった。結局のところ戦争は山本五十六が計算していたように1年では終わらせることが出来ず、アメリカ軍がその強大な国力を背景に物量で日本軍を押し潰していくことになる。

西欧列強に肩を並べて追い抜くことを目指した日本であったが、戦争の泥沼に突入したことで維新の志士達が築いた日本は1度滅亡することになる。