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空の下屋根の中 - ニートの心情を余すところなく綴った秀作。就職活動中の人にもオススメ。

空の下屋根の中 1巻

やる気のない、働きたくないけど働かなきゃって感じの子が主役の、ニートのお話。学校から社会に出て行こうとした時に溝にハマる人とそうでない人の違いは何なのかということに思いを巡らせた時に、この漫画に出てくる主人公の女の子が考えていることは、まさにその溝に足を掬われた人々の思いを見事に代弁している。世間体や親からの言葉、ハローワークの仕組みなどに、これから働こうとしているけれど半分ニートに足を突っ込んでいる若者が感じる齟齬が滲み出るほどに描かれている。

街のそこかしこに見かけるシャレた求人雑誌、ハローワーク、そういった所に用意されている仕事は薄給のフリーターか将来の保証のない派遣の仕事くらいなのだろう。まともな正社員の仕事はおそらく皆無。大人になりきれない自意識過剰の臆病な若者が、社会との融和を図れず、ますます広がる格差社会の中で未来に希望を抱けずに躓いてしまうことで、社会の流れから逸脱してしまうと、割の良い正社員の仕事に就くのは難しい日本社会において、ニートになってしまうのも無理からぬ事かもしれない。そして無意識のうちに若者は残酷な格差社会の流れの中に埋没してしまう。そういった若者の思いを、取るに足らないと思われる感情の襞の細部に至るまでに表現して汲み取っている本作は、ニートの若者心理を知る上でも貴重な一冊だ。

イギリスの若者の就労対策から生まれたニート(NEET)という言葉

ニートという言葉は、そもそもイギリスにおける若者の雇用対策から生まれた言葉だ。Not in Education, Employment or Training。訳すと、教育を受けている状態では無く、職に就いている状態でも職業訓練を受けている状態でもない、といったところだろうか。

ニートという言葉は日本では或る社会学者に紹介されたが、巷に広まるきっかけとなったのは、テレビのニュースでインタビューを受ける或るニート状態の若者の取材映像だった。これがどうも社会問題として扱うと言うよりも、視聴者が批判しやすいように若者の側に責があるような編集の仕方や内容で、ニュース番組に良くある、批判しやすい取材対象者を見つけてお説教を垂れて自分たちの現状に優越感を抱き自分たちだけが気持ちよくなるだけの、夕飯を食べながらニュースをおかずにするというような軽薄な内容だった。どうも夕方のニュースにこういう内容の物が多い様に見受けられる。

以前震災の復興住宅の居住期限が迫る中で、街中でインタビューした映像が流れたが、さっさと出て行くべきという他人事なのに批判する義憤の怒りに満ちた意見ばかりが採用されていて、どうも恣意的な内容に感じ、最近のニュースはこのように世論誘導するのかと情けなくなるほどだった。それ以来夕方のニュースを毛嫌いするようになり(元々2000年前後にネットをやり出してからテレビからも遠ざかっていたのだが)、最近ではこれらのニュース番組の街角インタビュー自体がやらせでは無いかとTwitter上で検証が上がっている。同じ人物が違うニュースで何度もインタビューを受けているというものだった。劇団員か芸能プロの通行人役の人たちに仕事として依頼し、インタビュー映像を収録しているのかも知れない。その方が手っ取り早いし、最近は肖像権が何かと五月蠅いので、街角でインタビューするにも面倒なのだろう。偏向的な番組を作ると仮定して、自分たちの番組編成に都合のいい意見を言ってくれる人なんてそう行き当たりばったりで見つかるものでもないし、自分たちの信条や番組作りの流れに都合のいい意見を引き出そうとすれば、やらせが一番手っ取り早いし効率的だ。

残念なことに若者の雇用問題を解決する期待を担って学者により輸入されたニートという言葉は、このような経緯を辿り、若者を小馬鹿にするスラングへと変貌を遂げた。時には他人を侮辱する際に、時には休職中の自分自身の状態を相手に伝えるときに日本人らしく謙って言う際に、ニートという言葉が軽くてとりあえず便利なので使われるのを何度も目の当たりにしたことがある。

こういう経緯を見ると、日本の社会問題の解決を後手後手にしている大きな原因はこの手のやり方をするマスコミでは無いかという疑念が湧く。マスコミによる世論誘導。それに簡単に引っかかる視聴者もとい大衆。怒りを焚きつけられて批判しスッキリするだけで知恵は出さないし社会を改善しようとも思わない愚衆。日々のストレス社会のガス抜きでしかないニュース番組。バラエティ番組ならまだしもである。

女児を対象にした誘拐事件や殺人事件が起こると、よく容疑者がどのような趣向・性癖の持ち主か、マスコミは嗅ぎ回り、大抵はアニメ好きだったという友人知人元同級生親同僚らの証言に落ち着く。このような報道が一般的になったきっかけは、おそらく1989年に宮崎勤事件が起きた際に週刊誌が掲載した乱雑なオタクの部屋の写真によるところが大きいだろうが、あの写真にしても結局は事実に齟齬があり、容疑者の生活の一面を伝えているに過ぎないものだった。収集癖のある人間があの手の陰惨な事件を起こすなら、今頃日本中が殺人事件で鳴り止まないことだろう。自分の理解の範疇を超える物事に遭遇したとき、何かのせいにしないと落ち着かないのにかこつけて、オタクの人たちを批判するのに打ってつけというわけだ。罪のない者を憎悪し非難する。このようにして国中で相互の憎しみ合いが増幅されていくのだろう。自分たちで不安を煽っておきながら勝手に不安に陥り怯えているのだから馬鹿馬鹿しいにも程がある。

先日も新幹線内で22歳の無職の若者が鉈を振り回した殺人事件が発生した。今度もまた容疑者の部屋の取材で、小難しい活字の本がたくさん並べられていたが、恐らくマスコミが期待していたアニメや漫画の本ではなかったので、肩すかしを食らった気分ではないだろうか。どちらにしても間抜けな報道だ。この手の報道がこの手の事件の原因究明や解決に役立ったことがあっただろうか。大抵は主婦が読むような低俗なゴシップ誌レベルの報道だ。

そもそもこのような殺人を犯す原因は、今現在の経済的環境に寄るところが大きいのだろう。今からちょうど10年前の秋葉原連続通り魔事件の犯人も、親の厳しすぎる育て方は確かに本人の人生経路に影響を与えたかも知れないが、本人が置かれていた職場環境が良ければ、あのような癇癪を起こしてトラックに乗って遠路はるばる秋葉原に来るというような突発的な事件は起こさなかったのではないだろうか。池田小の陰惨な事件にしてもそうである。けっきょくは実行犯の置かれていた環境が悪い。今回の新幹線内で人を殺した若い容疑者にしても、家出中で文無しで野宿をしているような状態だった。そもそも家出していなければ、あんな事件は起こさなかっただろう。昔或る大物政治家が、ニートなどというのは働かない本人も悪いが親も悪い。ひな鳥だってある程度育てたら巣から出ていくものだから、働かない若者も二十歳を過ぎたら親が家から追い出せば良い、それで解決する、ニート対策は不要だ、現政権は無駄なものに税金をつぎ込むな、というような趣意の発言をして賛否両論の物議を醸したが、その政治家が言った通りの経緯を辿ったところこのような殺人事件が発生してしまったことを鑑みると、社会をよくする事が仕事であるはずの政治家の資質としては、どうなのだろうと疑いを抱かざるを得ない。所詮は政局がらみの発言、或いは有権者の人気取りのための、その他には何の役にも立たない自分だけが気持ちよくなるだけの道徳的な発言止まりだったのではないだろうか。

こうして総観してみるに、詰まるところの原因は貧困問題なのではないだろうか。かつてはジャパン・アズ・ナンバーワンなどと持て囃され、世界有数の経済大国となった日本、しかし様々な統計で比較してみると、必ずしも豊かとは言えないという現状が透けて見えてくる。働き方、賃金、教育、福祉。健康保険のような手厚い部分もあるが、疎かな部分もある。世界が羨む豊かな国日本で貧困問題があるというのもおかしな話だが、ピカピカで立派なビルからふらりと路地に入ると、古びた民家が建ち並んでいる。田舎には1階建ての貧しい集合住宅が立ち並んでいる。駅を降りると空き家で荒れ果てた地域。都会に住んでいると分からないが、地方へ行くとまるで張りぼての裏のような光景が広がる。統計をそのまま視覚化したら、このような荒んだ光景と合致する。貧困状態に置かれた環境があのような陰惨な事件を生み出すのだとしたら、その心境とはどのようなものなのだろうか。

ニートからの脱却と意識の変化

うつ病の人に大金を与えたら、鬱状態が改善されたという話をネット上で聞いたことがある。お金で鬱が治るかどうかは専門家の検証に任せるとして、そういった話を聞くと、やはり人間の置かれた環境がその人自身の物の考え方や行動、意欲を決定づけるように思われる。要はこの手の社会問題は金と好環境で解決する。

初めて貰うお給料に主人公が「こんなに貰えるんですか?」と驚くシーンがある。お金が入ってこない状態との落差とそれに対する驚きが、環境が本人に与える影響を物語っているようでもある。これをきっかけにこの漫画の主人公は社会に受容され、お金を稼ぎ、やがて自分がニートだったことも、ニートだった頃に考えていたいろいろなことも、自分と社会との齟齬、社会への疑念や不満、不安などを忘れて大人になっていく。

ニートの語源になったイギリスの若者の就労対策は、街中で平日昼間に若者がぶらぶらしていると、おいこんな時間に何をしてるんだとスタッフが声をかけるという、積極的なものだと聞く。日本の場合はその逆ですべて自己責任・自己解決に委ねられる。自ら動き出さなければならない。その辺りが日本という国と国民の認識の限界だろうか。ニートという言葉も単なるスラングにおちぶれてしまったし、このていたらくでは若者の就労対策はまだまだ解決しそうにもない。

最近Twitterでは、仕事や給料の面で日本は若者に厳しいとか、勤めて2,3年で月給が23万円にしか行かないと給与明細を晒して訴えるツイート、海外の若者はもっと給料高い、日本オワタみたいなツイートが数万のファボやリツイートを記録してバズっている。

しかし結局の所、普段はマスゴミと揶揄しながら、同じ『マスゴミ』が流してくる恣意的なニュースに対してリテラシーを働かせることも無く深く要因を探ろうと想像力を逞しくすることもせず、同じ『マスゴミ』が流している番組なのに疑いすらせず、誘導され先に述べたような批判をして終わるだけるような国民性、或いは若者の特性かもしれないが、そのよう舌鋒鋭くして唾をまき散らすようにしてネット上で非難を繰り返し右顧左眄に終始しているような状態は、結局は自らの首を絞めているのと同じで、いざ自分が不満を抱くような境遇に陥った際に、Twitterでいくらバズったとしても一時の同情は集められるかもしれないが、何らの解決策も打開策も生じはしない。或いは多数のバズの積み重ねで若者の雇用問題を解決するための何らかの運動が起こるかも知れないが、今のところそういった現象は皆無だ。このような弱い者が更に弱い者を叩く堂々巡りの負の連鎖を見るにつけ、『マスゴミ』と批判を繰り返しながらも結局はマスコミに思想信条を牛耳られ簡単に世論誘導させられている状態なのでは無いかとすら思われてくる。

ジャーナリストの池上彰は『マスゴミ』という言い方は良くないと著書の中で言っていた覚えがある。確かにその通りかも知れない。ネットの情報に比べると、マスコミはきちんと取材を積み重ねている。しかし一方で捏造もするし恣意的な報道もする。今までのこれらの恣意的な報道の事例、または記者や取材クルーの無作法さに多く触れていると、マスコミが『マスゴミ』と揶揄されても致し方ないのではないだろうかとも思われてくる。

その一方で、ネットユーザーも『マスゴミ』と揶揄するだけに終始し、その先の打開策などは何ら打ち立てられていないように見受けられる。

話が大幅に逸れてしまった。本作はニートの心境を理解する上でも貴重な一冊となっている。就職して大人になり自分で稼げるようになると次第に忘れていくような心境が綴られているが、もし若者の就労問題やニート対策に興味があるなら、本作、ニートの心情を知る上で大変役に立つ2冊だ。就職に悩む若者も、同じような悩みを抱えているのが自分だけでは無いことを知る上では良い膏薬になるのではないだろうか。