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あそびあそばせ – 2018年夏季アニメの話題を席巻したオープニング詐欺の痛快ギャグアニメ

あそびあそばせ

10年ほど前に、確か『氷菓』や『ギルティクライン』、『UN-GO』、『ハイスクールD×D』が放送されていた時に、深夜アニメを網羅してみてみようという事で、テレビ一体型のノートパソコンに録画して頻繁にアニメを観ていた一時期があった。どんなに話がつまらなくても、どんなに興味がなくても観てみようというただ見続けるという純粋な目的のみでアニメを視聴していた。

そんな視聴の仕方が長続きするはずもなく、その習慣は結局一年ほどで終了したのだが、思えばあの時は観ていたアニメの主題歌のCDを頻繁に買っていた。

年を取ると、アニメを見続けるという事にも労力を要する。たかだか30分ですら椅子に座って観るのが苦痛に感じる。Blu-rayレコーダーに録ってはいるが、いざ再生しようとするも気力を起こすこと自体が難しいアニメ視聴困難者と化してしまっている自分に気づく。

テレビをつける→Blu-rayレコーダーを起動する→メニューを開いてスライドさせて録画したアニメのフォルダに入って未視聴のタイトルを選んで決定ボタンをリモコンで押す、という一連の作業すら面倒くさいと感じるようになってしまった。

子供の頃はそれこそ浴びるようにアニメを観ていたし、アニメが放送されていると知ればチャンネルを合わせていた。関西では伝説となっている『アニメ大好き』と呼ばれていた番組がよみうりテレビで放送されていた。優れたOVA作品をテレビで放送するという内容だ。テレビアニメとは異なる雰囲気が漂うアニメの世界を垣間見るのが楽しくもあった。

深夜にもたまに名作と呼ばれているアニメをやっていて、見逃すことはなかった。当時はアニメに飢えていた。なぜだろうか。アニメの世界には夢があった。現実とは違うもう一つの夢の世界だ。現実が絶望に満ちているというわけでもなかったが、理想化されて輝いているアニメの世界に魅了されていた。

それが年を取るとどうだろう。どうものめり込めない。子供の頃は学校という束縛された空間にいた反動からだろうか。閉塞的な世界からの開放を臨んでアニメにのめり込んでいたのだろうか?しかし大人になれば仕事という学校よりも厳しい束縛があるではないか。やはり10代20代の頃の研ぎ澄まされた感覚が年を経るに従って鈍ってきて、他の物に興味を失っていくことが関係しているのかも知れない。10代から20代前半にかけてみたアニメは今でも心に深く余韻を残している。

そんな疲れた大人になってしまって、とりあえず今季のアニメを以前と同じように網羅して録画してみようとした。男子水泳アニメの『Free!』、3分間アニメの『ヤマノススメ』、女子バトミントンの『ハネバト!』、極道が全身整形で可愛いアイドルに変身するコメディの『ゴクドルズ』、大人気ゲームのアニメ化『ペルソナ5』,スクールアイドルを目指す女子高生達の青春を描いた『ラブライブ!サンシャイン』の再放送、細胞の活動を擬人化して医学界からも好評を博した『働く細胞』、高校の通学路でハチャメチャな出来事が起こるギャグアニメ『ちよちゃんの通学路』、色々録ったが、最終的に全部見通すことが出来たのが、『あそびあそばせ』だった。

オープニングだけ観ると、四六時中爽やかな夏風が吹いていそうなイメージのアニメに見える。主人公達三人は女子中学生という事だから、きっと思春期の女子の淡い学校生活を描いた青春アニメなのだろうと踏んでいたら、絶叫と変顔オンパレードの痛快ギャグアニメだった。

原作者は女性漫画家らしくて、あぁどこか少女漫画のノリにも似たあの独特のどぎついギャグが差し挟まれるところもあるなと思っていたが、意外と際どい下ネタも多く、ちょっと意外だった。

下ネタ発言オンパレードのアニメと言えば、『生徒会役員共』がまず思い浮かぶ。あちらも結構どぎつい下ネタを得意としていたが、作者の氏家ト全は恐らく男性漫画家だろう。そのせいかどうかは分からないが、どぎつい下ネタを女子高生が言い放った後には、男子高校生の鋭い突っ込みが入る。突っ込みが入ることで、下ネタで逸脱しすぎた世界観を元のレールの上に戻している役割を果たしている。要は突っ込みは正常な世界観が崩壊しないためのストッパーの役割を果たしている。

ここに男性としての照れと逸脱しすぎないように心がける配慮が垣間見えるのだが、そういうのがどうもまどろっこしいし偽善臭くて、突っ込みを聞く度にストレスが溜まってくるのだ。10代に対するどぎつい性的妄想を思いつきそれを世間に漫画やアニメという表現で放ってしまったことに対する贖罪としてのツッコミ。要はツッコミは贖宥状である。ツッコミさえ入れればそのような性的妄想を披瀝しても倫理観を守っているとして許されるわけである。

『あそびあそばせ』も下ネタ発言にツッコミは入るが、不思議と贖罪的なものや偽善的なものを感じないから、臭みもなくすんなりと喉を通る。この違いははやり男性漫画家と女性漫画家の違いから来るものだろうか。贖罪が必要ない、当事者である女性だから下ネタを言っても許されるという空気の中で我々は生きているのかも知れない。例えばTwitterでも結構女性は下ネタをバンバン飛ばしているのを見かけるが、これと同じ事を男性がやれば恐らく女性はドン引きすることと思う。フォロワーもゴッソリ減ることだろう。

まぁそんな堅苦しい見方は抜きにしても、『あそびあそばせ』はスピード感溢れる面白いアニメだった。そしてなぜ他のアニメと違いすべての話を見続けることが出来たのか、やはり単純に逆が二メが面白くてリラックスかつのめり込めたから観るのが楽だということがあげられる。すんなりと世界観に入っていける。

深刻なストーリーのアニメを観るのは苦痛になってきた年頃というのもある。老人が暗いドラマよりも明るいドラマを好むのと似通っているのかも知れない。印象派の画家のルノワールも、現実は過酷なものだから、せめて絵画の中では明るく世界を描きたいと思いながら絵筆を取っていたのと同じように、明るくて面白おかしいアニメがすんなりと体に合ったのだろう。

というわけで、第二期もありますように。