四日市コンビナート – まほろば探訪 第17回

四日市コンビナートの夜景。
四日市コンビナートの夜景。

四日市よっかいち市と言えば、かつては日本の4大公害の1つ、四日市ぜんそくとして有名になった地方都市だ。小学校の教科書にも載っているので、日本人ならその公害の名前を知らない人はいない。

今現在では官民挙げての取り組みで、綺麗な空を取り戻しているが、かつて住民達を悩ませたそのぜんそくの原因となったのが、昭和30年代に建造された四日市コンビナートから吐き出される有害な汚染物質であった。四日市は戦後の高度経済成長の光と影を同時に反映した地方都市でもある。

今では夜景の聖地としても有名になった四日市コンビナート。ゴールデンウィークの冒頭に訪れてみた。

港町四日市

話は前後するが、四日市市の駅前の通りはかなり広い。8車線はあっただろうか、JR四日市駅は見た目は古く田舎にあるような外貌でやや廃れている感があるが、近鉄四日市駅の方はというと、商業施設の入った巨大なビルで、鏡張りの窓を有している。撮影帰りの朝方にJRの駅から近鉄の駅までのぼっていったが、遠目からこのビルがオレンジ色の光の破片を反射していて綺麗だった。あれは朝日を反射していたのだろうか、にしては空がやや曇りがちで日の出の方角を見てもビルが邪魔をしていたせいもあり朝日が見えなかったが、オレンジの光の破片を輝かせているその一種異様な光景は、人通りがほとんど無い朝方だったこともあり、地方都市の持つちぐはぐとした不思議な躍動感を兼ね備えていた。

名古屋も道路は広いと言われているが、四日市も広い。地理的に近いせいで名古屋の広い道路から遺伝子が受け継がれているのか、6~8車線くらいはある道路は東西南北どちら側も広く取られており、特にJR四日市駅から近鉄四日市駅へと続く中央の道路は、よく生い茂った街路樹が道路の車線に沿って2、3列に植えられていて、ど真ん中には港町四日市市の発展に寄与した偉人の銅像が建っている。早朝だったので車の通りはほとんど無かった。そのせいか余計に道路が広く見える。

さてこの銅像の偉人こそが四日市発展の基礎を築いた稲葉三右衛門である。四日市の発展には港の整備が肝要とし、私財をなげうって開発に着手したという。歴史の教科書に出てくるほどの有名な偉人ではないが、四日市市民に知らない人はないと言われている。どの街にも歴史の教科書に名前が載る程までではないが、その街の発展に寄与した偉人がひっそりと顕彰されているものだが、稲葉三右衛門に関してはどうも別格のようで、うみてらす14の展望室でもしきりとこの翁の名が紹介されていた。それもそのはずで大地震で壊滅的な打撃を受けた港を再興させ、今では世界有数のコンビナートを抱えるまでに成長を遂げたのだから。世界に誇る四日市の港湾施設としての発展の歴史は、この稲葉三右衛門の偉業から始まったと言っても過言ではないだろう。

JRの駅から海へと向かうと、国道が横切っており、こちらの方は夜中もひっきりなしに大型トラックが走っていて、物流道路の役割を果たしていた。阪神地帯でいうところの国道43号線と同じ機能を呈している。違いと言えば四日市の方は高速道路の高架橋がなく空が広い点くらいだ。

近鉄四日市駅周辺は、地方都市らしい趣を呈している。どの地方都市もそうだが、大きくてピカピカの建物は銀行か証券会社と相場が決まっている。必ずこの2つが街の顔役のように駅前近くに居座っており、地方経済の原動力を担っているという自負感を誇示してやまない。その他には歳月の傷跡を示すようなややくたびれたビルが建ち並んでいるが、このような光景こそが地方都市の縮図にも見え、訪れた際に旅情を掻き立てる魅力のひとつでもあるだろう。

うみてらす14へのアクセス

近鉄四日市駅から一駅名古屋寄りにある富田駅で下車。こちらの駅舎はというと四日市駅とはガラリと変わり田舎風情が残っていて、錆びついた駅名標も叙情を漂わせている。周りも特にこれといった大きな店もなく田舎らしい静けさが漂い、新旧の住宅が新陳代謝を起こしているかのようにまだらに入り組んでいる感じだ。

今は使われなくなったホームに残る古い駅名板。
今は使われなくなったホームに残る古い駅名標。

そこから徒歩でJR富田駅へと向かう。また一駅だけ乗車して富田みなと駅で下車。ここから歩いてうみてらす14という展望室のあるビルへと向かう。しかし横切る道路は先ほども述べたように産業道路の趣を呈していて、ここから先が工業地帯であることを実感する。

観光地と言えば観光地なのだろうが、元はといえば工業地帯なので、現地に辿り着くまでのありがちな、のぼりやら看板やらの歓迎ムードは一切無い。そもそも皆車で訪れるような辺鄙な場所にあるし、この日訪れる予定のプラントが綺麗に撮れる場所にしたところで、元は観光地ではなく、工場夜景愛好家がホームページでベストスポットとして紹介したのがきっかけなので、車でないと不便であるし、車で行っても駐車場がないと行った場所もあるので、観光としてみるなら徒歩だろうが車だろうが不便なことに変わりは無い。もちろんバスもない。つまりはそういう場所に四日市コンビナートはある。ある種、工業地帯というのは、都市の中にある秘境ではないだろうか。

うみてらす14の展望室からの工場夜景

あべのハルカス的な賑わいを期待して幅広い産業道路を進んでいったが、うみてらす14前に辿り着くとそのような期待は良い意味で裏切られる。うみてらすという名称はおそらく天照大神あまてらすおおみかみから着想を得たのだろうか。天に対して海で向こうを張っている。だとしたら見事に対になっていて天才的な命名ではないか。実際にこの展望室からは天と海の両方が神様のような気分で見渡せる。などと言ったら神様に対して不遜になるかもしれない。日曜の夕暮れ前だったこともあるのか、入り口の階には観光客が2、3人、他には職員らしき人たちが帰宅間際の様相でうろうろしていた。このビルはお役所と考えた方が良さそうだ。この白亜のビルだけが周りの歴史ある煤けた工場群とは趣を異にし司令塔のように忽然と輝いている。

14階に向かうエレベーターに乗ったが、想像していたよりもエレベーターの上昇が遅い。コスプレイベントで撮影に行く時によく使う大阪南港ATCのあの高速エレベーターに慣れていたせいか、アレ?まだこの階?と呆気に取られてしまった。

14階に辿り着くと、既に展望室のコンビナートが見える側には、カメラをスタンバイしている人たちで埋め尽くされていた。埋め尽くされていたと言っても二重にも三重にも山のようにいたわけではなく、皆ゆるゆると1列に並び窓の外を見ている。中にはカメラを持っていない普通の観光客もいる。混んでいるよりも空いている方が俄然良い。

点灯前の四日市コンビナート。
点灯前の四日市コンビナート。

日が落ち始めると、目下に広がるコンビナートに明かりが灯り出す。ここからの景色はとても綺麗。1時間ほどして、アマチュアカメラマンたちは満足した写真が撮れたのか機材を片付け展望室を後にする。夜になるとカップルがちらほらと増え始めたが、大勢で押し寄せてくるといった感じでもない。

ブルーアワーの時間帯に撮影。空が青く写る。
ブルーアワーの時間帯に撮影。空が青く写る。
望遠で撮影。ただただ美しかった。
望遠で撮影。ただただ美しかった。

この日は全体的に空いていた。観光地としては交通の利便が悪い方なので、訪れる人もそんなに多くないのだろうか。観光として四日市コンビナートを訪れるなら、夜景クルーズも用意されているので、そちらを利用した方が心安いだろう。閉館時間の21時まで撮影して、ビルを後にする。

霞ヶ浦緑地公園付近から対岸のプラントを臨む

元来た道を戻り、海沿いをゆく。四日市ドームが鎮座している海沿いの霞ヶ浦緑地公園には釣り人がちらほらといるが、それでもほとんど人はいない。さすがに夜9時を過ぎているからだろう。ここからもコンビナートの美しくも幻想的な光景を楽しむことが出来る。

移動する度に姿を変えてくれるプラント群。
移動する度に姿を変えてくれるプラント群。

暗闇の中で鎮座する四日市ドームも、四日市市の中で最も綺麗で真新しい建造物なのではないかと思えるほどに威容を放っている。それを尻目に撮影をしていく。しかし工場の連なりというのは、場所を変えると姿を変えまた違った顔を見せるので、アアこれも撮りたいアレも撮りたいとなり中々先へと進まない。この日は徹夜して4箇所の撮影スポットを訪れる予定だったが、時間的に3箇所しか回れなかった。

大正橋付近の工場夜景

3箇所目のスポットは、例の産業道路沿いに更に30分ほど南下し、大正橋を渡ったところにある。途中腹が減ったので、サークルKでカレーとおにぎりを買って、路上に腰掛けて食べた。そもそもが産業車両用に発展していった道沿いなので、公園もベンチもない。ファミリーマートも見えるし、吉野家も見えたが、大型トラックが停まることを想定しているためか、どこも駐車場が広い。つまり僕はまた異物として潜り込んでいるわけだ。

大正橋の上はトラックが通行する度に揺れる。しかしこの橋の上からしか撮れない絵もあるので、信号が赤になったのを見計らってシャッターを押し、長時間露光で撮影する。

更に橋の角を曲がり、撮影を続けていく。側はコスモ石油の敷地で、これまたスチームパンク的なドッグに大型トラックが流れてきて、運転手がトラックの上によじ登り何かの作業を一通り終えて運転席に乗り込み走り去っていく。このように夜中に働いている人たちのお陰で我々の豊かな生活は滞りなく成り立っているのだ、と小学校の社会科の教科書に載ってそうな説教じみた思念が頭を苦々しく捉えるのだった。

夜中はむしろ暖かいくらいだったのに、空が青みを帯びてくると急に冷え込んできた。カイロを取り出して手を温める。ブルーアワーの時間帯に撮る工場夜景も綺麗だ。まるでニューヨークのマンハッタンに見える。

徹夜撮影の疲れを癒やしてくれる美しさ。幻想的でもある。
徹夜撮影の疲れを癒やしてくれる美しさ。幻想的でもある。

夜も明けてくるとプラントのライトが幾つか消えた。最後に訪れる予定だった撮影スポットを名残惜しみながら、三脚を畳んで、堤防沿いのアスファルトの道を後にする。不思議と体は疲れていない。徹夜明けはいつもこうだ。電車の中では緊張がとけ、半分眠りこけている事だろう。