赤目四十八滝 – まほろば探訪 第56回

赤目四十八滝の中でも随一の景観を誇る荷担滝。
赤目四十八滝の中でも随一の景観を誇る荷担滝。

夜中にコーラを我武者羅に飲みたくなり近くのコンビニか自販機に行こうかとウズウズし出したのだが、運動もせずにコーラを飲むなんて、とそのときは控えた。しかし朝起きてもコーラへの渇望と疼きが止まらず、ならいっそ前から一度行ってみたかった赤目四十八滝に出かけてコーラを飲むかと決めて、カメラのバッテリーを充電し、朝の細々とした用事を済ませて行ってきた。最近は朝の4時や5時に目が覚める早起き人間で、早起きは三文の徳とでも言おうか、いろいろな事をするきっかけに都合が良い。一昨日の六甲山の登山を決めたのも早朝に考える余裕があったからだった。

赤目四十八滝の最寄り駅である近鉄赤目口駅。何度か素通りした事がある。通る度に「ここが直木賞作家の車谷長吉の受賞作品『赤目四十八瀧心中未遂』の舞台か」と興味をそそられたのだが、下車した事は無かった。

確かあの年の芥川賞直木賞受賞者は、芥川賞がワイルドな不良中年作家の花村萬月『ゲルマニウムの夜』と編集者の藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』で、直木賞が車谷長吉の当該作だった。当時は車谷長吉の方が芥川賞の素質のある作風では無いかとニュースで揶揄されていて、三者三様とも硬派なイメージの受賞者だったと記憶に焼き付いている。特に車谷長吉は、自ら「反時代的毒虫」の「私小説作家」を自認しており、作家の歩んできた人生もさることながら、記者会見で見せた痩せ細った顔に眼鏡をかけたストイックな姿が強烈なイメージとして未だに記憶の残滓の中に残っている。

当該作は以前電子書籍で買って冒頭だけ数ページほど読んだのだが、尼崎の下町の描写が肌感覚に優れ正鵠を射ていて、尼崎は電車でしか通らないし、車窓からしか見た事がないのだけれど、それでもあの辺りはそういう感じという町の空気や匂いまでが伝わってくる文体で、今まで想像していた尼崎の雰囲気と車谷長吉の描く尼崎の文体とが見事に合致し、冒頭だけ読んでお腹いっぱいになり、満足してしまってまだ先を読み進めていなかった。好きなハンバーグは最後まで取っておくのと似たような感覚で、そういえば漫画『弱虫ペダル』も同じような感じで新刊が出る度に継続して購入しているが読むのは中絶してしまっていた。これを機会に両方とも読破してしまおうとこの場を借りて決意表明しておこう。ここで表明すれば必ず実行に移す事だろう。

静けさの中で癒やされる異世界の中に

赤目四十八滝のひとつ、琵琶滝。
赤目四十八滝のひとつ、琵琶滝。

さて本題の赤目四十八滝、そもそも瀧なんて見て面白いものだろうかと半信半疑で一昨日の泥を落としていないトレッキングシューズに足を通し、電車に乗り込んだ。しかし旅は楽しいものだ。電車とバスを乗り継いで約3時間で行ける場所にあるし、何より写真を趣味にしてからは名所旧跡を訪れるのが楽しくてしょうがない。一昨日も高座の滝から六甲山最高峰を経て住吉道で下山したばかりで足の痛みがまだ残っていたが、楽しさが痛みを上回って足が浮き足立ってしまう。

実際行ってみるとこれがこちらの想像以上の絶景だった。風で削られたのか人口で出来たのかは分からないが、迫りたった絶壁の織りなすピアノの鍵盤のような模様の岩肌。苔蒸した岩に滴り落ちる雫。大小の巌の連なりと、その岩岩の隙間を縫うように流れていく清流。苔や蔦の這う天然の壁。空を完璧に覆う青紅葉。歩いても歩いてもまだ先があっても飽きない重層的な景色。マイナスイオンやパワースポットなどという言葉が観光地への呼び水として最近持てはやされているが、まさにそのようなキーワードに名前負けしない奥深い場所だった。

滴り落ちる岩雫。
滴り落ちる岩雫。

四十八滝というが実際には48以上の大小の瀧が存在するとのこと。主要な瀧の幾つかに滝の特徴を捉えた詩的な名称が冠されている。入山料400円を払って頂いたパンフレットを広げてみると、赤目五瀑という見所のある滝が紹介されており、それぞれ「不動滝」「千手滝」「布曳滝」「荷担滝」「琵琶滝」という名称が付いている。

不動滝

不動滝

不動滝は高さ15mの瀑布で、不動明王にちなんで名付けられており、「滝参り」とはこの不動滝に参ることを意味したという。明治中頃まではここから先は原生林で入ることが出来なかったそうだ。つまり一昔前は赤目四十八滝に入って早々、ここから先へと続く様々な形の滝や豊かな景色は楽しめなかったという事になる。それにしても橋から見えるその姿は名前負けしない、どっしりとした構えで、観光客を待ち受けている。

千手滝

千手滝

千手滝はこちらも高さ15m。しかし先ほどの不動滝と比べるとパッと明るいイメージがある。絶景を紹介した雑誌の表紙を飾るような明るさと蒼い滝壺は避暑にも最適だ。近くには千手茶屋があり、店で購入したお客さんが利用できる屋根の付いたベンチもあり、ここからのんびりと食事をしながら千手滝を眺めることも出来る。

千手茶屋

時刻も11時半頃と昼食時だったので、写真を撮りつつ、うどんを注文した。地酒なども売っていて飲みたかったが、カメラと酒の相性は悪いとどこかで聞いたことがあるし、酔いが回って上手く撮れなくなったらここまで来て勿体ないので控えておいた。

千手滝のイメージは見たままの通り。千手のように流れ落ちる水が分かれている。千手観音にちなんで名付けられたとも言われているとのこと。

布曳滝

布曳滝

布曳滝は高さ30mあり、その名の通り、豊かに織られた絹を水にたとえるならこのような姿であろうという趣のある、昔の美人画のようにほっそりとした上品な佇まいをしている。近くで見ようと足を伸ばして近づいたら、苔蒸して濡れた石のひとつに足を滑らせて、転けそうになった。人も滝も、美人には罠が潜んでいる。

荷担滝

荷担滝

荷担滝は高さ8mと、これまで紹介した名瀑よりもやや低めだが、パンフレットに「渓谷随一の景観」とあるように、その愛らしい姉妹のような佇まいと遠景にも控える滝や緑がとても重層的で滝のシンフォニーとでも形容できようか、素晴らしい景色だ。

上に掲載した荷担滝の写真をご覧になって既にお気づきかもしれないが、快晴の日に滝を撮影するとどうしても白飛びしがちになる。実は写真の左側は太陽が当たり明るかったが、右側はかなり暗く、レタッチで明るさを右半分だけ調整した。別の機会で赤目四十八滝の撮り方を詳しく解説するが、もし滝撮影が主な目的でここを訪れるなら、太陽の出ていない曇りか、もし晴れの日に来たなら太陽が滝に当たらない夕暮れ時が均一な明るさになるので撮影しやすい。

滝撮影に理想的なカメラの設定とレンズ! 幻想的な滝を撮るためのスローシャッターを極める!

琵琶滝

琵琶滝

赤目五瀑の最後は高さ15mの琵琶滝。名称が良いでは無いか。ふと平家物語の琵琶法師を連想してしまう。琵琶の形に似ているのでそのような名称が付いたそうで、こちらも小さな湖面のような滝壺が風情があって良い。

そのほかに印象に残った滝

雨降滝

赤目五瀑の他にも目を見張る滝はいくつもあり、例えば雨降滝などは、渓流ではなく、絶壁から滴り落ちる雫のことで、これを滝と称するところがまた奥ゆかしさがあって良い。

乙女滝を少し行ったところに、大日滝と呼ばれる修験者が修行に用いた大きな滝があるそうだが、おそらく遠くに垣間見えた枯れていた岩肌だろうか。普段は水の流れが少なく分かりづらいが、雨が降ると素晴らしい姿を見せてくれるらしい。冬の凍結した姿も良いのだとか。入山料・温泉・保険付き3000円で修験者の滝修行を体験できるコースも用意されている(2018年5月現在)。

長坂山入山口が途中にあり、トレッキングコースとなっている。撮影スポットも二箇所あり、絶景パノラマビューが拝める。ちなみに長坂山は標高584.7m。赤目滝バス停よりずっと手前の長坂山下山口に出る。

赤目四十八滝へのアクセス方法(公共交通機関を使用した場合)

最寄り駅は近鉄赤目口駅で、徒歩1時間10分。赤目四十八滝行きのバスに乗れば10分で辿り着く。料金は片道360円だが、PiTaPaなどの各種ICカードも使える(2018年5月現在)。

赤目四十八滝から赤目口駅行きの最終バスは15時30分。これを逃すと徒歩で帰ることになるが、4km弱のルートなので、歩いて帰ることも出来る。歩道が無いか狭いところが多いので、自動車の往来に注意したい。

タクシー乗り場もあるので、屋根に記載されている電話番号にかけてタクシーで帰る手もあるが、田舎のタクシーは夕方以降は走らない場合が多いので、事前に確認しておきたい。

神戸方面からの行き帰りは一回の乗り換えだけで行ける利便さだ。

赤目四十八滝周辺の景色 延寿院から近鉄赤目口駅までを歩く

赤目四十八滝

この日は滝を撮りに来たのだったけれど、最終バスが午後3時半という事で、帰りを急いだもののどうも間に合いそうにない。バスは諦めて徒歩で帰ることにし、代わりに少し長居して滝や苔、岩などを撮ろうと決めたのだった。というのも午後3時も過ぎると、朝方には太陽の光を浴びて白飛びしていた滝にも影がおり、撮りやすい環境になったことに驚いたのだ。なんだか白飛びしている滝の写真ばかり撮ってしまったような気がしたので、せっかく安くはない交通費と時間をかけてここまで来たのだし、滝としばし向き合うことにした。

赤目四十八滝 不動滝

この時間になっても渓谷入口方面から登ってくる観光客をちらほらと見かける。最後の岩窟滝に辿り着くまで徒歩90分、3,290mの行程があるが、果たして渓谷入り口のサンショウウオセンターは午後5時に閉館するので、帰りは間に合うのだろうかと他人事ながら心配になった。街灯が一切無いので日が暮れると暗くなり、下手をすれば足を踏み外して渓流に落ちかねないので、非常に危険だからだろう。日も暮れてくると、現在時刻と閉館時間を告げるアナウンスが何度も流れた。

赤目四十八滝 赤目四十八滝 赤目四十八滝

時間も豊富にあるという事で、行きに撮ったときに白飛びしてしまった滝を幾つか撮り直し、帰路についた。近くには延寿院という神社があり、境内にある鎌倉時代の石灯籠が国宝に指定されている。枝垂れ桜も咲くそうだが、さすがにこの時期は緑の葉が垂れ下がっていた。

延寿院の鎌倉時代の石灯籠。

それにしても日差しがきつい。五月下旬だというのに夏日のようなきつい日差しが体を焼き染める。明日は予想では大阪は最高気温が30度に達するそうで、どうも気候がおかしくなっているとしか思えない。

赤目四十八滝門前界隈の近くにはお地蔵さんの彫られたたくさんのお墓が安置されていた。これがまた風雨を耐え忍び丸く削られていて美しい。

赤目四十八滝近辺

田舎らしい町並みで緑に息吹いた懐深い山に見送られながら、赤目口駅を目指した。人通りは無く、前に韓国人らしき観光客の夫婦連れがのんびりと歩いているだけで、民家がちらほらと見えだしても人とほとんど遭遇しない。こういう所が田舎らしい良さというのだろうか。ついつい山をつききる幹線道路や田んぼなどの写真を撮りながら歩いていたら、駅まで1時間10分のところ2時間近くかかってしまった。

赤目四十八滝近辺

少し先を行くと分岐点にさしかかり、赤目四十八滝トレッキングコースへ続くとある。その道を右折して先へ進めば、百地三太夫屋敷跡があることがグーグルマップで確認できた。いやこれは気になってしょうがない、「百地三太夫」という人名を地図で発見しこの近くにあるというだけで心がざわつく。先日プレイした信長の野望・大志でも、百地三太夫のビジュアルアートがとてもカッコよく改善されていた。伊賀忍者の頭領だっただろうか。そういえば赤目四十八滝も忍者が修行した地という事で、忍者に扮して修行するサービスなどもある。ウォータークライミングのサービスもあるそうで滝をよじ登るそうだ。夏場などは涼しく童心に帰れそうだ。

赤目四十八滝、忍者体験受付の手作り看板。
赤目四十八滝、忍者体験受付の手作り看板。

後から検索してみると、百地三太夫屋敷は、外側からは自由に見れるが、中に入るには事前予約が必要とのこと。館長は百地三太夫の子孫の方が務めているとか。どちらにしても日が暮れそうだったし、そこから赤目口駅か三本松駅に向かう経路もあやふやで土地勘も無く時間がかかりそうだったので、今回は諦めた。

赤目四十八滝近辺

帰路の途中でもの凄く手の込んだかかしアートも発見した。前を歩いている韓国人観光客の二人も珍しそうに写真を撮っていた。写真を掲載して良いか分からないので今回は載せないが、なかなかに凝っている。

初夏の乾いた夕日に映える田んぼや、古い民家、珍しいレトロな看板などがあり、退屈しない徒歩での帰路だった。

赤目町

赤目四十八滝一帯は静かで良い。のんびりと過ごしたいなら、年中お薦めの場所だろう。この日はよく歩き、ペットボトルを三本、お茶にポカリにコーラにと飲み干した。帰ってからも喉の渇きが癒えず、いろはすのメロンソーダを買って飲んだ。まだ疼きが止まないようなので、またふとどこかに突発で出かけるかもしれない。