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池田市五月山 五月平展望台下 – まほろば探訪 第9回

大阪府池田市五月山の五月平展望台下から見渡せる夜景。

大阪府池田市五月山の五月平展望台下から見渡せる夜景。

一度壮大な夜景が撮りたいと思い立ち、摩耶山辺りを狙ってみたのだが、無料送迎バスに無料ロープウェイと、無料の日には大勢の観光客が押し寄せる。普段は見向きもしない地元民も、ここぞとばかりにバス停にロープウェイに群がるのだった。

そんなわけで並々ならぬ混雑を予想して摩耶山からの眺望を諦め、別の日に伊丹花火大会を山の上から観に行くことにした。昼間の内に出かけ、花火のついでに大阪や神戸に広がる眺望を写真に収めようと試みたのである。

最寄り駅は阪急宝塚線池田駅。立派な建物だが、こじんまりとして古風な駅が特徴である阪急らしくない。どことなく長年の風雨に晒された古びた感がしないでもない。どこの都市に行ってもこれは同じようだ。80年代に開発されたと思われる、新しいのか古いのかよく分からないアンバランス感。子供の頃に駅周辺で開発ラッシュがあったが、ちょうどその頃によく見かけたデザインの一歩手前のような古く懐かしい、色褪せた灰色の記憶の中にある建物のようにも感ぜられる。子供時代にタイムスリップして迷い込んだかのような錯覚すら覚えるあの感じだ。

何でも池田市は落語も盛んだそうで駅構内に立て看板が掲げられていた。駅の外には「カップラーメンの町、池田市」のような標語も掲げられている。そういえばテレビか何かで聞いた覚えがあるなと思ったが、よく思い出せない。とりあえず落語とカップラーメンをタイアップで覚えておけば間違いないだろう。

駅の横断歩道を渡ろうとすると、観光客の一団が見えた。カップ麺の入った透明のビニールバッグを皆一様にぶら下げている。中にはお面を額に被せた子供の姿もある。なるほど、カップ麺が観光資源にもなっているわけだ。

ビルに囲まれた公園があったので、ベンチに座り、しばし休息を取った。そこそこ広い公園で、緑も多く、上手く設計されているなと思う。木々が心地良い感じに日陰を作っていて、涼やかなのだ。建物に囲まれている公園なのに、見晴らしも良い。都会の中のオアシスといった感じだ。

しばらく歩くと、昔から営んでいると思われる小さな団子屋がちらほら。池田市名物でもあるらしい。駅から一歩外れると古き良き昭和の住宅地のようにも感じられ、古さの中に新しいマンションなどが聳えていたり、古い金魚屋が見えたかと思うと、新しいピカピカの写真館があったりと、なかなかに退屈しない街並みである。

そして池田市にはなんと、阪急グループや宝塚歌劇団の創始者である小林一三の記念館もある。お膝元なのだろうか。ウィキペディアで調べれば良いではないかとも思うが、面倒なので今回はスルーしよう。読者諸氏にお願いしたい。

かれこれ20分近く歩いただろうか。疲れが出てきた。この日は上はTシャツとラフな格好だったが、下は少し窮屈目のスキニーパンツを履いてきてしまい、実は駅を歩き出してからすぐに疲労が足に溜まってきていた。

さてお目当ての五月山。これがまた大変。どこでも同じだが山の手はお金持ちの邸宅が多い。それらを縫って山を目指すのだが、坂道がしんどい。何十年も整備されていないように見えるとてつもなく急なコンクリートの階段が現れたかと思うと、またしても急なコンクリの長い長い階段。登り切ったときには足はパンパンである。

小高い駐車場に着いたかと思うと、「熊に注意」の看板が目に付いた。ここまで来てそれはないだろう。既に息は切れ切れ、汗はダラダラ、コンクリートの段に腰を下ろしてしばし休憩を取った。

既に見晴らしは良いのだが、五月山を登れば更に見晴らしが良くなるに違いない。気を取り直して、急な階段を上っていく。なんでスキニーパンツなんて履いてきたんだろう。山を登るときは洒落た格好で来てはいけない。

これは本格的な山道だ。棒杭で階段が整備されているが、一つ一つ足を上げて登るのに、かなりの苦痛が伴う。スキニーパンツめ。ジャージで来れば良かった。階段ではなくその縁の坂になっている細い所を登ろうとしたが、しんどさはあまり変わらない。しばし座って休もうとしたが、スキニーパンツだから足を曲げるのも一苦労。喉が焼け、汗がだっらだらとしたたり落ちる。スキニーパンツめ。

とりあえず登っていく。グーグルマップと格闘しながら、あと少し、もう半分と、自分に言い聞かせ励まして、蛇行したきつい坂道を登っていく。目に虫は入るし、蜂は寄ってくるし、汗は止めどなく流れるし、足はパンパンだし、スキニーめ。

ようやく辿り着いたその見晴らしは、素晴らしいものだった。大阪平野が一望できる。左端には宝塚の風景、ついでに神戸や芦屋、西宮辺りも端の方に見える。遠くは奈良の生駒山だろうか。関西国際空港のある泉佐野まで見渡せる。たぶん。肉眼では霞んでいてよく分からない。

時刻は既に午後4時前。もっと早く着くつもりだったが、中々に手こずった。既に女性二人と男性一人が三角を立てて陣取り、風景を撮影している。

暑いなぁと思ったら、皆帽子を被ってきている。慣れたものだ。おそらく何度も場数を踏んでいるのだろう。しばらくして迷彩柄の超望遠レンズを携えたおじさんが陣取り飛行機を撮り始めた。競り立った丘からは、伊丹空港を離発着する飛行機を見ることが出来る。

とにかく暑いので、水分補給用に持ってきたペットボトルの炭酸飲料を口に含んだ。熱でペットボトルが熱くなりそうだ。場数を踏んでいるアマチュアカメラマンは流石というべきか、布で覆った飲料水を持参していた。さながらキャンプのような心構えだ。

しばらく広がる街並みや飛行機などを撮っていた。夕暮れ時が近づき、やがて夜が更けると、カップルがちらほらと目に付くようになった。それもそのはずで、夜景が素晴らしく綺麗なのだ。言葉で説明するよりも、実際に写真で見て貰った方が早いだろう。

望遠200mmで撮影。実際にはこの数倍の横幅のある夜景が広がっている。

望遠200mmで撮影。実際にはこの数倍の横幅のある夜景が広がっている。

この場所に立つと地理的な感覚が身につく。前に海、背後を山に囲まれた神戸にいると、大阪平野に広がる街の位置が把握しづらい。これは東京に遊びに行ったときにも感じたことだった。こうして山の上から眺めてみると、それぞれの街がどこに位置しているのか手に取るように分かる。まるで小田原攻めで小高い山の上の陣に立つ豊臣秀吉になった気分だ。

花火が始まるまでに夜景撮影に没頭する。失敗したなと思ったのは、今日は200mmの望遠と、85mmの中望遠しか持ってきていなかったことだ。まさかこんなに広々とした夜景が広がっているとは思ってもみなかった。これは24mmの広角単焦点か、16-35mmの超広角ズームを持ってくるべきだっただろうか。それか55mmの標準レンズでも充分広く写ったかも知れない。というもの200mmの望遠レンズでA4サイズのプリント用紙で約6枚分の横幅なので、50mm辺りの標準レンズなら、3ショットくらいで収まるのではないだろうかと思ったのだ。

とはいうものの、広角レンズは広く撮れるとはいえ、歪みや周辺の解像力が気になる。撮影領域のすべてをシャープに写したいなら、85mmや200mmは決して間違った選択ではなかったのかも知れない。それにこの日は焦点距離が2倍になるエクステンダーも持参してきた。遠くに見える大阪中心部の摩天楼の姿を引き寄せて撮ることも出来る。サンニッパがあればなお良かっただろう。

エクステンダーを使って400mmで撮影すれば、遠くのあべのハルカスも近くに引き寄せることが出来る。

エクステンダーを使って400mmで撮影すれば、遠くのあべのハルカスも近くに引き寄せることが出来る。

ウェブサイト用に画質を落として縮小してしまうと、どの夜景写真も迫力にやや欠けるが、これらの写真は5060万画素の超高画素フルサイズ機5DsRで撮影したので、大きいパソコンの画面で見ると圧巻だ。

肝心の花火はというと、小さかった。芦屋サマーカーニバルの先例があったので、地図で距離を比べてみて、そう変わらなかったのでおそらく花火小さいだろうなぁと思ってはいたが、予想通り小さく写っていた。しかし今回は400mmで撮ったので、そこそこ絵にはなる花火写真が撮れた。

伊丹花火大会の花火。400mmの焦点距離で撮影しているので大きく見えるが、肉眼で見るとかなり小さい。

伊丹花火大会の花火。400mmの焦点距離で撮影しているので大きく見えるが、肉眼で見るとかなり小さい。

しかしもし花火だけを見るのが目的なら、この場所はあまりお薦めできない。肉眼で見るにはあまりにも小さすぎる。小さすぎて何が上がっているのかよく見分けが付かない。前の建物に隠れてしまうシーンもある。やはり地上で見るのが最善の選択だろう。

花火が終わってからもしばらく夜景を撮っていた。40分程撮っていたら、若い女の子二人と男の子一人に写メをせがまれた。ひょっとしたらプロカメラマンに見えただろうから、写メも上手く撮って貰えるだろうと思われていたかも知れないが、暗い中で綺麗に写すのは難しい。というかボタンを押すだけだから難しいも何もない。

帰り道は当然真っ暗闇。持参したLEDライトで夜道を照らしながら山を下りる。登りとは違って楽だが、下りにしかない足の負担もある。

家に着いたのは深夜12時過ぎ。スキニーはドロドロで体もヘトヘトだったが、素晴らしい夜景を写真に収めることが出来て大満足だった。おそらく大阪でも1、2を争う夜景スポットだろう。