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二条城 – まほろば探訪 第30回

二条城の唐門。

二条城の唐門。

二条城と聞いてもどのような城だったか余りピンと来ないが、徳川慶喜が大政奉還について諸大名に諮問した城と聞けば、あぁあそこか、と納得する。教科書に載っている絵や、幕末が舞台のNHKの大河ドラマでもお馴染みのシーンの城だ。

二条城は関ヶ原の戦いの勝利を経て天下をほぼ手中に収めた徳川家康が1603年に築いた城だ。この城において家康は将軍宣下の祝儀を行う。また1611年には豊臣秀吉の遺児である豊臣秀頼を大坂城から呼び出して、家康と会見させた城でもある。このときの会見で、家康は大柄な秀頼の秘めたる将器に一抹の不安を抱いて、豊臣家を滅ぼすことに決めたとも言われている。

二条城と聞いてどの城だったかと混乱するのは、日本の歴史上、二条城と呼ばれた城は4つ存在するからだ。室町幕府第13代将軍足利義輝が住まわった二条御所と呼ばれていた居城。この二条御所の地において、義輝は松永久秀と三好三人衆の襲撃を受ける。剣豪塚原卜伝の愛弟子でもあった将軍は畳に刀をいくつも刺し、自ら取っ替え引っ替え刀を振るって応戦するも衆寡敵せず壮絶な最期を遂げたのだった。世に言う永禄の変(永禄8年・1565年)である。

それから数年後に、織田信長によって京に奉じられた足利義昭が室町幕府第15代将軍に就任。義昭の居城として信長は二条城を造成して献上する。義昭はたいそう喜び信長を父と呼んだという。

その後義昭は自分を操り人形としてしか遇しない信長と対立、後に手紙公方とも渾名される程の権謀術策を用いて信長包囲網を敷き二条城にて挙兵に及ぶのだが、最も頼りにしていた武田信玄は西上作戦の途上で病のために没し、それと知らず籠城するも京の一部が焼き討ちされるのを見た義昭は戦意喪失し4月に和議が成立。ところが時を置かず7月に槇島城にて再び挙兵に及ぶ。しかしこれも織田の軍勢に取り囲まれ遂には京を追放されるに至るのだった。その際に二条城は破却されてしまう。

信長はもう一つ、宿所として二条新御所を整備し、後に皇太子に邸として献上。こちらは1582年に起こった本能寺の変の際に灰燼と帰した。こちらの城は筆者はよく知らない。

そして4つめの二条城が、今回取り上げる徳川家康が造成した二条城だ。

ついでながら、もう一つ間違えやすいのが、伏見城。こちらも同じ京にあり、同じ時期に城を巡って様々な歴史的事件が発生したので二条城と混同しやすい。伏見城では晩年の秀吉が「返す返す秀頼のこと頼み申し候」と何度も五大老に誓詞を出させ懇願しながら没し、関ヶ原の折には城明け渡しを求める多勢の西軍に対して家康の忠臣鳥居元忠が城を死守せんとして城兵と共に壮絶な最期を遂げた。今は現存しない。

このように二条城と呼ばれる城は4つ上げられるが、現存するのは家康が造成した二条城だけとなっている。今回はその二条城に赴いた。

京都市営地下鉄東西線の二条城駅を降りて徒歩で数分、二条城の門の前に着くと、大政奉還150周年という看板が目につく。天気はあいにくの曇り。

豪華な装飾が施された唐門。

豪華な装飾が施された唐門。

立派な唐門。全体の写真を載せたいが観光客がたくさん映り込んでいるので、門の上の部分だけ。いやいやこれは見事な門構え。

二条城の写真と言えば、外観の他に、この唐門の奥にある二つの屋根が並んでいる写真をよく見かける。日本の歴史を描いた漫画にも登場していた。

二条城といえば、この二つの屋根。

二条城といえば、この二つの屋根。

外国人観光客が多い。京都だから当然か。場内には桜なども咲いている。早速大政奉還が行われた二の丸御殿へ。靴を脱ぎ、廊下を歩く。歴史の重みというか、権力の重みというか、ついこないだもテレビでやっていたが、様々な心理的仕掛けが施されているとか。

中は撮影禁止なのでカメラをしまったが、前を歩いていた中国人観光客はお構いなしに場内をパシャパシャ撮っていた。いやぁ、撮れるものなら撮りたい。しかし撮影禁止と書いてある以上は撮れない。

この廊下を大名や重臣たちが歩いていたのかと思うと、感慨もひとしおで。大政奉還が行われた大広間も見ることが出来た。一の間が48畳で二の間が44畳となっている。大河ドラマなどでセットで再現されているのを見て将軍の間にしては小さいな、予算の都合ってやつかなと常々思っていたのだが、実際もそれくらいの大きさで、あれやこれやのシーンは忠実に再現していたのだなと。大政奉還の時に呼び集められた重臣たち、結構窮屈だったんじゃないだろうか。

外に出て歩くと本丸へと続く橋と門があり、ここは耐震問題で非公開中だが、一口城主で募金を集めて修復予定とのこと。

今現在は開かずの門。この先には何があるのか、気になるところ。

今現在は開かずの門。この先には何があるのか、気になるところ。

小高いところへ登れる階段もあり、周りの景色が少し見渡せた。とりあえずぐるっと一周回ってみた。

梅の花? 山桜。

花の写真はパシャパシャと撮っていったが、あまり建物の写真を撮っていなかった。外観も撮っていない。やはり天気が悪くてテンションが低かったのか疲れていたのか。カメラを出したりしまったりするのが面倒くさかったのか。いつでも来られるからまた機会があれば外観の写真なども撮ってみよう。

二条城の苔。

ここまで読んでお気づきかもしれないが、いかんせん筆がのらないのは、訪れてから11ヶ月後に書いているから。どうも記憶があやふやで撮影した写真を元に思い出しながら綴るしかない。それにしてもあっという間に春ですね。今年も京都の様々な桜の名所を訪れようと計画している。去年訪れた時はプロジェクションマッピングもやっていて、夜になると光の魔術で彩られた綺麗な唐門を見ることが出来た。これはまた別の機会に。