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姫路城 – まほろば探訪 第29回

春爛漫の姫路城。

春爛漫の姫路城。

姫路城という城を歴史的に説明しようとすると、どうも煩わしさを感じる。まず姫路駅を降り、姫路城まで歩いて行くと、先年放送されたNHK大河ドラマの主役、黒田官兵衛孝高のゆるキャラのイラストが何度も目につく。あたかも今目の前に現存する真っ白な天守閣をいただく姫路城(別名白鷺城)に羽柴秀吉の軍師官兵衛と、目薬を作って民に売り信用を得た官兵衛の祖父や父が居座っていたと想像してしまいがちだが、実際には織田信長から播州一円の攻略を任された秀吉や、江戸期に入って入城した池田輝政とその後に移封してきた本多忠政が改修して、現在の姫路城の姿になったという。

この池田輝政は元々は織田信長の異母弟で側近だった池田恒興の息子で、父恒興は本能寺の変(1582年)の後、敵討ちを果たした羽柴秀吉の側につき、天下の趨勢が秀吉に移りゆく中で衝突することになった織田信雄・徳川家康との争い、小牧長久手の戦い(1584年)で、強く推した中入り策が裏目に出て、徳川方に討ち取られている。

時には隣国だけでなく親兄弟が争う戦国期にあって、父恒興を討ち取られた息子輝政の思いはいかようなものだったのだろうか。70年以上も戦争のない希に見る平和な時代に生きている日本人がその心情を慮るのは難しい。輝政はその後、秀吉の仲介で家康の娘督姫を妻に迎えることになるが、伏見城を訪れた際に、父を討ち取った徳川家の家臣である永井直勝に父の最期を聞くと、直勝が5000石の身上であったことを知り、「父の首はたったそれだけのものだったか」と不機嫌になったという。そのような経緯があり直勝は1万石に加増され、最終的には7万2千石の大名になった。江戸期は1万石で大名となり参勤交代の責務が生じたというから、5,000石の禄から7万石なら大出世だろうか。

輝政にとって家康は父の敵ではあるが、太閤薨去後の権力闘争の流れの中で徳川方に靡き、関ヶ原の戦い(1600年)には、東軍として参陣。岐阜城攻略の功が認められて、播州姫路52万石を拝領した。太閤から厚遇を受けていた輝政であっても、家康という歴戦の巨魁には抗いがたいものがあったのだろうか。

現存する城の中では日本一を誇る。

現存する城の中では日本一を誇る。

播州姫路城は西国の要であり、いざ西から攻め込まれた時には、姫路城が防衛拠点となり豊臣恩顧の外様大名に対する防波堤の役割を期待されていたが、幕末から明治前期にかけても主戦場となることはなかった。むしろ西国の要であることを証明したのは、近畿の姫路城でも大坂城でもなく、九州の熊本城だった。明治10年(1877年)に起こった西南戦争の折りに、薩摩から北上してきた意気軒昂な西郷軍を見事に食いとどめることに成功したのが城作りの名人・加藤清正が築いた熊本城だった。姫路城は白いが熊本城は黒。色の対比そのものが城の歩んできた歴史を物語っている趣がある。

戦乱に巻き込まれることのなかった姫路城は太平洋戦争の空襲も生き残り、つい先年改修を終えて真っ白な白鷺城へと再生を果たした。

あまりにも天守閣が立派なので、さすが秀吉の軍師黒田官兵衛の居城と錯覚しがちだが、実際はそのような歴史の城であり、1580年には秀吉に献上して自身は近くの別の城に移り住んでいるので、黒田家時代の姫路城はもう少しこじんまりとした中世の城を想像した方が良いのだろう。

暴れん坊将軍に出てくるお城はこの姫路城だ。

暴れん坊将軍に出てくるお城はこの姫路城だ。

とにかく白い。真っ白だ。写真映えする。青い空に白いお城。ここを訪れた半月後に広島の田舎町を散策しているときにさっと白鷺が飛んでいったのを見て、思わず白鷺城と呟いてしまったくらいに記憶に強く焼きつく白さだ。姫路城が白鷺城と呼ばれる曰くを二つの出来事で体感した。

桜から顔を出す姫路城。

桜から顔を出す姫路城。

白鷺城を化粧するかのように桜が咲き誇り、春めかしているその姿を写真に収めつつ、坂をのぼり中へと歩んでゆく。こうして城の中を散策するのは初めてかもしれない。実際に天守閣に上ってみたのだが、中は昼でも薄暗く、重厚感がある。外は白でも中は黒。急な階段を上ってようやく最上部に着いたが、格子の窓の隙間から眺める姫路の街はどこまでも広がっていた。城主もこの光景を眺めていたのだろうか。

壮観な眺め。公園に咲き誇る桜を一望できる。

壮観な眺め。公園に咲き誇る桜を一望できる。

一国一城の主とは聞こえが良いが、この場所は暗すぎる。当時は電灯なんて物もなかっただろうから、夜はかなり暗かったに違いない。蝋燭で廊下を照らしていたのだろうか。ここで寝起きしたいとは思わないが、戦国の世ならそうであったかもしれない。黒澤明の映画に出てきそうな天守閣内部の荘厳さだが、最近見た映画「関ヶ原」の大坂城の内部も確かこれくらい暗くて妙に狭苦しく、蝋燭の明かりに照らされて妖しい雰囲気だった。

暗い廊下。どことなく戦国の気風を残している。

暗い廊下。どことなく戦国の気風を残している。

時間も来たので外に出て、広場へ。姫路の人も大勢集まり花見に興じている。大きな可動式電灯なども用意されていて、なかなか本格的。

夜の姫路城を撮ろうとだだっ広い広場で三脚を立てて座って待つ。中央のあたりは桜から遠いので人が少ない。

ブルーアワーの姫路城。

ブルーアワーの姫路城。

夜桜と姫路城。

夜桜と姫路城。

気分が満たされるまで夜の姫路城を写真に収めて帰ろうとすると、橋の上には夜桜見物に来た大勢の人たち。ふと東の空を見ると月が大きく出ていた。

長秒露光で、月が太陽のように見える。

長秒露光で、月が太陽のように見える。

最後にお堀の水に反射した桜を写真に収めて帰路についた。

ひっそりと2本、お堀の水面に反射した桜。

ひっそりと2本、お堀の水面に反射した桜。

空はもう真っ暗。この日は朝の内に家族で歯医者に行き、昼は近くの蕎麦屋でうな重を食べて、一度家に帰ってからカメラや三脚を取り急ぎ、突発で遊びに行ったわけだが、なんとか綺麗に写真を収めることが出来て大満足の一日だった。